産業技術総合研究所(産総研)は、福島第一原子力発電所事故後に放射性セシウムを含む大気エアロゾルの粒径分布の測定を行い、大気中で放射性セシウムを輸送しているもの(担体)が硫酸塩エアロゾルである可能性が大きいことを見出したと発表した。同成果は同 環境管理技術研究部門 大気環境評価術研究グループの兼保直樹 主任研究員、東京海洋大学 海洋環境学科 環境システム学講座の大橋英雄 教授、名古屋市環境科学調査センター 環境科学室の池盛文数 研究員らの研究グループによるもので、「Environmental Science and Technology」に掲載された。

2011年3月の東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故後、大気エアロゾル中の放射性物質の測定は各地で実施され、多くの結果が公表されてきたほか、大気中に放出された放射性物質の輸送・拡散・地表面への沈着の状況は、さまざまな研究機関によって物質輸送モデルにより計算されてきた。しかし、放射性物質の地表面への沈着量の計算結果は、文部科学省(文科省)が航空機により実施した広域観測によって得られた沈着量分布を良好に再現できない場合があった。

こうした特定の地域での沈着量が多いなどの原因を明らかにするには、モデルによる気流や降水の再現性の向上だけではなく、輸送される放射性物質そのものの特性(特に沈着に関与する特性)の解明が求められていたが、大気中を輸送される放射性物質の粒径や存在形態についてはほとんど分かっておらず、これまでは粒径を仮定した仮想的な粒子(直径0.4μmから20μmまでモデルによって異なる)により輸送・拡散過程が計算されてきたのが実情であった。研究チームでは、産総研のつくばセンターが発生源に比較的近い場所に位置することから、これまで蓄積してきた大気汚染物質の動態に関する研究成果を適用して、放射性セシウムの存在形態を解明する取り組みを進めてきた。

具体的には、2011年4月28日より茨城県つくば市にある産総研つくばセンターにて、エアロゾルを13段階の粒径に分級し吸引捕集を実施。2011年4月28日~5月12日に捕集した大気エアロゾルに含まれる137Csや134Csの放射線量を測定し、これらの粒子の粒径分布を測定した結果、137Csを含む粒子と134Csを含む粒子の粒径分布はほぼ同じで、大部分が空気動力学径(粒径)2μm以下の微小粒子領域に存在し、0.2~0.3μmと0.5~0.7μmに極大値を持つ二峰性の特徴的な分布が示されたという。

図1 (A)が茨城県つくば市における2011年4月28日~5月12日の放射性セシウムを含む粒子の粒径分布。滑らかな曲線は計算により本来の粒径分布を復元したもの。(B)は同期間の大気エアロゾル主要成分ごとの粒径分布(ケイ素のみ上軸)。 Δは微小な変化量を表している

こうして測定された放射性セシウムの質量は1m3の空気中に数fg程度と微量で、放射性セシウム単独では図1のAの粒径分布の粒子を形成できないため、大気中に比較的豊富に存在する何らかの大気エアロゾル成分の粒子に付着するか含まれた状態で浮遊していたと考えられたことから、さらに主要成分の粒子の粒径分布を調べ、放射性セシウムを含む粒子の粒径分布と比較して放射性セシウムの輸送担体の推定が行われた。

輸送担体としては、雨などにより地表に沈着した放射性セシウムが土壌粒子に付着し、風により土埃として再飛散することや、事故地点が海岸にあるため海面の泡の飛沫が起源となる海塩粒子に付着する可能性も想定されるが、土壌粒子(図1のB図の緑、ケイ素が指標)や海塩粒子(図1のB図の赤、ナトリウムが指標)は大部分が粒径2μm以上の粗大粒子領域に存在し、放射性セシウムを含む粒子の粒径分布とはまったく異なっているため、これらは放射性セシウムの輸送担体とは考えられない。一方、硫酸塩エアロゾルの粒径分布は(図1のBの青、硫酸イオンが指標)、放射性セシウムを含む粒子の粒径分布とほぼ同じであり、多くの粒子が微小粒子領域に存在していることがうかがえた。

これまでの研究により硫酸塩エアロゾルでは、硫酸塩が大気中で雲粒または霧粒に取り込まれ、さらに二酸化イオウ(気体)と反応して、より大きいエアロゾルが形成され、その結果として二峰に粒径分布が分かれる場合があることが知られている。放射性セシウムを含む粒子の微小粒子領域での二峰性の粒径分布は、このような硫酸塩エアロゾルの挙動により生じる粒径分布と一致することから、放射性セシウムが付着した土壌粒子の再飛散による大気中の放射性セシウム量は2011年4月末~5月中旬の時点では少なく、また、放出された放射性セシウムを大気中で長距離を輸送する担体は硫酸塩エアロゾルである可能性が大きい、との結論が得られたという。

土壌粒子に付着した放射性セシウムが大気中で少なかった原因としては、この期間はある程度の頻度で降水があったことから地表面近くの土壌の水分量が比較的多い状態が続き、強い風が吹いても土壌粒子の飛散そのものが起きにくかった可能性が考えられるという。

これまでの研究では原子炉(軽水炉)の事故により放射性セシウムが大気中に放出される際の化学形態としてはヨウ化セシウム(CsI)または水酸化セシウム(CsOH)が想定されており、今回の結論と合わせると、放射性セシウムの輸送・沈着過程の概略は、事故で放出された放射性セシウムを含む初期粒子(水酸化セシウムやヨウ化セシウムを想定)は、何らかの機構により硫酸塩エアロゾルの形成初期に取り込まれ、気体状の硫酸の凝縮・粒子相互の凝集を経て大気中での寿命が長い粒径0.1~2μm程度のサイズ(微小粒子領域)に成長、長い距離を輸送され、放射性セシウムを含む硫酸塩エアロゾルは乾性沈着、または落下中の雨・雪と衝突することにより地表に到達し、硫酸塩エアロゾルを核として雲粒・霧粒が形成された状態では重力沈降により地表に沈着するほか、このような雲から降水が生じると雪・雨に含まれた状態で大量に地表面に落下することが考えられるという。

図2 想定される放射性セシウムの輸送過程・粒径変化および地表面への沈着の概念図

また、今回測定された放射性セシウムを含む粒子の粒径は、事故形態が違うにもかかわらず、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故時に世界各地で測定された放射性セシウムを含む粒子の粒径と大差なかったという。この結果と、硫酸塩エアロゾルが大気中に広く存在することを考慮すると、チェルノブイリ原子力発電所事故により大気中に放出された放射性セシウムの輸送においても、硫酸塩エアロゾルが主たる輸送坦体であった可能性が示唆されることになるという。

今回の結果により、地表面への直接的な沈着(乾性沈着)に関する速度(沈着速度)が明確に与えられるようになるほか、硫酸塩を核(雲核)にした雲・霧への取り込みについても蓄積されてきた知識を応用することができるようになるため、降水による地表面への沈着(湿性沈着)についても、より正確な理論的取り扱いが可能となるため、放射性セシウムの地表面への沈着の再現や予測計算の改善が図られることが期待されると研究グループではコメントしている。

なお、研究グループでは2011年11月まで粒径別の大気エアロゾルの捕集を続け、計8サンプルを取得しており、今後は、これらのサンプルを元に、福島第一原子力発電所からの放射性物質の放出量の減少や気象の変化による輸送担体の変化、風による土壌粒子の巻き上げで生じる放射性セシウムの再飛散について解析していく予定だとしている。