沖縄科学技術大学院大学(OIST)は8月1日、日常生活において良い結果を得るために辛抱強く待つことができる人と、諦めやすい人の違いとして、脳内の神経伝達物質であるセロトニンの活動を抑制すると、予測される報酬を持つことを諦めやすくなることをラットの脳内に直接薬剤を投与することで確認したと発表した。同成果はOIST神経計算ユニットの宮崎佳代子研究員、宮崎勝彦研究員、銅谷賢治教授らによるもので、米国神経学学会誌「Journal of Neuroscience」に掲載された。

今回の実験では、最初に5匹のラットに直径1.5mのオープンフィールドに設置されたエサ場と水場を交互に訪れることで報酬を獲得できる課題を学習させた。エサ場と水場にはそれぞれ小窓が付いており、ラットがその小窓に鼻先を入れる(ノーズポーク)ことでエサ場では一粒の小さなエサが、水場では水を出すチューブが数秒間提示される仕組みを作り、報酬の与え方として、ノーズポークを2秒間続けると報酬が提示される条件(短期遅延報酬条件)と7~11秒間続けないと報酬が獲得できない条件(長期遅延報酬条件)の2つを用意した。

学習完了後、実験として大脳や小脳の広い範囲にセロトニンを放出する神経細胞が集まる背側縫線核に微少透析プローブを埋め込み、薬剤を一時的に脳内に投与できる状態にし、セロトニン神経活動を抑制する作用のある薬剤(8-OH-DPAT)を、プローブを介して脳内に局所投与。背側縫線核にこの薬剤を投与したところ、実際にセロトニン神経活動が抑制されることが、セロトニン神経の投射先の1つである前頭前野のセロトニン濃度が投与前の半分以下になることで確認された。

その結果、短期遅延報酬条件では薬剤投与前と比べて変化が見られなかった一方、長期遅延報酬条件では報酬をじっと待つ行動を続けられず報酬獲得に失敗する回数が増えることが観察されたという。このことはセロトニン神経活動の抑制がラットの運動制御や認知機能、例えば次にどちらの報酬場を訪れなければならないなどには影響を及ぼさず、長期間報酬を辛抱強く待つという行動を特に阻害していることを示すものだと、研究グループでは説明している。また、背側縫線核への薬剤投与を終了して2時間前後で前頭前野のセロトニン濃度は通常レベルまで回復したものの、同条件で再び長期遅延報酬課題を行わせたところ、薬剤投与前と同様に再び報酬を待ち続けることができるようになることも確認したという。

これまでも辛抱強さや衝動性について、脳内セロトニンの操作による影響を調べた研究は行われており、様々な結果が報告されてきたが、統一的な見解は得られてこなかった。その主な理由としては、使用された薬剤が脳の異なった場所に存在する多くのセロトニン受容体に影響を与え、その結果複雑な反応を引き起こしたことが推測されていた。今回の実験は、脳内微少透析法を用いて背側縫線核に薬剤を急性に局所投与することで、行動しているラットの上行性セロトニン系の活動を選択的に抑制したことで、セロトニンと将来の報酬に対する辛抱強さの制御との因果関係を示すことに成功したものといえる。

今回の結果は、これまでの研究で遅延報酬を待つ時にセロトニン神経活動が増加することを見出してきた同研究グループの成果とともに、セロトニンを放出する神経細胞が辛抱強く遅延報酬を待つかどうかの判断に重要な働きを担っていることを明らかにしたものであり、研究グループでは、今後はこのようなセロトニン神経活動を形成する神経回路について調べることを予定しており、今後もセロトニンが行動や学習の形成にどのような役割を担うのかについて包括的に理解するための研究を進めることで、セロトニンの関わりが示唆されているうつ病や薬物依存などの精神疾患の原因の究明に向けた貢献が期待されるとコメントしている。

セロトニン神経活動を抑制する作用のある薬剤を投与されたラット(図下)では、投与されていないラット(図上)と比較して7~11秒予測される報酬を待つことを諦めやすくなることが明らかとなった