理化学研究所(理研)は6月20日、目的とするタンパク質の内で特定の糖鎖構造を持つものだけを検出し可視化できる蛍光イメージング技術を開発したと発表した。

成果は、理研基幹研究所 糖鎖代謝学研究チームの鈴木匡チームリーダー、芳賀淑美訪問研究員(日本学術振興会特別研究員)、同佐甲細胞情報研究室の佐甲靖志主任研究員、日比野佳代研究員、同伊藤細胞制御化学研究室の伊藤幸成主任研究員、同疾患糖鎖研究チームの谷口直之チームリーダーらの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間6月20日付けで英科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に掲載された。

生体内で働くタンパク質の大部分は、「糖鎖修飾(付加)」を受けている。糖鎖は多くの生命現象に関わっており、糖鎖修飾の違いによってタンパク質の機能変異が生じることが知られているほどの重要な因子だ。

これまで、糖鎖の機能を明らかにするため、糖鎖関連遺伝子を欠損させる手法や糖転移酵素の阻害剤が用いられてきた。しかし、それらの方法では細胞が持つすべてのタンパク質の糖鎖構造が変化してしまい、観察できた現象が真に目的のタンパク質が持つ糖鎖の変化だけによるのかどうかを明らかにすることは不可能という欠点がある。一方で、特定の糖鎖構造を持つタンパク質の挙動を生きた細胞内で解析する技術も未だ確立していない。

緑色蛍光タンパク質「GFP」をはじめとする蛍光タンパク質技術は、目的のタンパク質を可視化することで生命現象の解析に大きな飛躍をもたらした。基礎的な細胞生物学研究への貢献はもちろん、がん細胞の追跡からアルツハイマー病に侵された神経細胞の病態の観察に至るまで、その応用技術は医学にも広く用いられている。

そこで研究グループは今回、特定の糖鎖を持つタンパク質においても、GFPのような主流の可視化技術を確立するために基盤技術の研究に取り組んだ次第だ。

研究グループは、モデルタンパク質として、2型糖尿病に関わるグルコース輸送体である膜タンパク質「GLUT4」に注目した。GLUT4は細胞内で1カ所の糖鎖付加を受ける。そして一部のGLUT4の糖鎖末端には、「シアル酸」が付加される仕組みだ。

通常GLUT4は、細胞内の特殊な小胞に蓄積しており、インスリンの刺激に応答して細胞膜へ輸送され、血中のグルコースを細胞内に取り込む。2011年、鈴木チームリーダーらは、糖鎖構造の変化や糖鎖を欠損したGLUT4はインスリン応答経路を通らないことを発見し、GLUT4が持つ糖鎖の構造が正しい応答経路を通るための目印となっている可能性を示した。

このGLUT4の働きに関わる特定の糖鎖構造を調べるために、「蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)」を利用した可視化技術の開発が、今回試みられた形である。FRETは、細胞内で起こるタンパク質間の相互作用などを分子レベルで検出するのに有効な手段として知られている技術だ。

通常、2つのタンパク質に別々の蛍光物質を結合し、それらのタンパク質が接近すると、ある蛍光物質(ドナー)からもう1つの蛍光物質(アクセプター)へ励起エネルギーが移動することでシグナルが検出できる。研究グループは、この原理を応用して、GLUT4に特定の糖鎖構造が結合した時にFRETのシグナルが検出できるような工夫をした(画像1)。

まず、GFP(ドナー)を結合させたGLUT4を生きた動物細胞に発現させた。次に「アジド基」というタグを付けたシアル酸を細胞内に取り込ませ、そのシアル酸にGFPとは別の蛍光物質(アクセプター)を結合させる。

動物細胞内では、タグ付きのシアル酸が通常のシアル酸(タグは付いていない)と同じようにGLUT4の糖鎖の生合成経路に用いられ、タグ付きシアル酸を持つGLUT4ができあがる仕組みだ。

次に、FRETのシグナルの検出が行われたところ、2つの蛍光物質がGLUT4上に揃ったことを意味するシグナルを検出することができた。つまり、シアル酸を持つGLUT4だけを区別して可視化することに成功したというわけだ。

画像1。今回開発された特定の糖鎖構造を持つタンパク質の可視化の技術を模式化したもの

GLUT4に結合しているGFP(ドナー)は細胞内側に、蛍光物質(アクセプター)は細胞外側にあり、その間には約3nmの脂質二重膜が存在している。これまで脂質二重膜を挟んだFRETシグナルの検出は難しいと考えられていたが、研究グループはFRETが起こりえる距離が最大10nmであることに着目。今回の研究成果から、脂質二重膜を越えて励起エネルギーが移動できることが実証できた。これは驚くべき結果だという。

さらに、シアル酸の付加がGLUT4に及ぼす影響を調べるために細胞内への取り込みを観察したところ、シアル酸を持つGLUT4は持たないものと比べて取り込み速度に違いがあることがわかった(画像2・3)。このように今回の研究によって特定の糖鎖を持つタンパク質の挙動解析を初めて実現することができた。

画像2は、GLUT4(緑)及びシアル酸を持つGLUT4(赤)の、細胞内への取り込みを観察した共焦点画像だ。シアル酸を持つGLUT4(赤)は、GLUT4(緑)より遅れてシグナルが増えたため、 GLUT4(緑)よりも細胞内への取り込み速度が遅いことが示唆された。

画像3は、今回観察した結果の模式図。シアル酸を持つGLUT4の細胞内への取り込み速度は、シアル酸を持たないGLUT4に比べて遅いことが示唆された。

画像2(左)は、GLUT4(緑)及びシアル酸を持つGLUT4(赤)の、細胞内への取り込みを観察した共焦点画像。画像3は、今回観察した結果の模式図。GLUT4の細胞内取り込みは糖鎖構造によって変化する

糖鎖構造の変異が、がんをはじめとしたさまざまな疾患に密接に関係していることは広く知られている。そのような疾患に関わるタンパク質とその糖鎖の構造が、「いつ」「どこで」「どれくらい」ダイナミックに変化して、それらがそのタンパク質の局在や機能にどのような役割を果たしているのかを知ることは、発症や症状の悪化などの過程を明らかにする上で重要と考えられると、研究グループはコメント。

今回の研究により、特定の糖鎖構造を持つタンパク質のリアルタイム解析が可能になった。糖鎖変異によるタンパク質の機能や局在変化のメカニズムが解明されれば、さまざまな疾患の予防や治療法の開発に役立つことが期待できる。また、本技術を用いて、特定の糖鎖構造を持ったタンパク質の動態を変化させる薬剤のスクリーニングへの展開も期待できるという。