農業・食品産業技術総合研究機構(NARO)と機能性ペプチド研究所の2者は、血清などの生体材料を含まない「完全合成ガラス化保存液キット」(画像1)を作製し、これを用いて液体窒素中(-196℃)で超低温保存した豚体外受精胚を借り腹の雌豚(受胚豚)に移植し、受胎・出産に成功したと共同で発表した。

画像1。完全合成ガラス化保存液キット

成果は、NARO 動物衛生研究所 病態研究領域の吉岡耕治氏、同鈴木千恵氏、同野口倫子氏、機能性ペプチド研究所の水戸友美氏、山下祥子氏、星翼氏らの研究グループによるもの。

家畜を含めて多くの哺乳動物では、精子、卵子、胚といった遺伝子資源を液体窒素(-196℃)中で長期間保存できるようになった。胚の超低温保存は、優良な形質を持つ遺伝資源を後世に残すことができるだけでなく、家畜個体を輸送する場合に比べ、低コストで遺伝資源(胚)を輸送し、胚移植により産子を作出することができる技術として注目されている。

しかし、豚の胚はほかの哺乳動物胚に比べて特に凍結に弱いため、凍結融解後の胚生存性が低いことが課題となっていた。

一方で、安全・安心な畜産物の生産に当たっては健康な産子を安定的に供給できる技術が重要だ。養豚産業では、産肉能力や繁殖能力に優れた血統の種豚(子豚を生産するための親豚)を選択して使用することで、生産性の向上や豚肉の安定供給を図っているところだが、外部から種豚の導入や、自然交配などの繁殖行為によって感染が広がる病原微生物があることから、豚を飼養、生産する上で疾病伝播リスクの低減にも貢献できる繁殖技術が求められている。

胚を輸送して、ほかの場所で胚移植により子畜を生産する技術は、生体による移動に比べ、疾病を伝播する可能性が極めて低いことが知られており、胚移植を通じて優れた種豚を導入・生産するシステムの確立は、養豚産業の発展に寄与することが期待される状況だ。

そうした中、近年の研究で、豚胚の凍結保存において「ガラス化保存液」を用いた超低温保存技術が有効であることがわかってきた。従来法では、ガラス化保存液や加温・融解液に動物血清や血清成分を添加して、超低温処理や高濃度耐凍剤におけるストレスから胚を守ることが考えられている。

しかし、血清や血清成分は生体材料であり、動物固有の疾病の病原体に感染している危険性があること、個体毎に生物活性が異なり品質の安定性に課題があることなど、生体材料をガラス化保存液成分として使用することには問題があり、生体材料を用いずとも胚を安定的に超低温保存できる技術の開発が求められている状況だ。

そこで研究グループは今回、豚胚の超低温保存のために使用する保存液中の成分組成について検討し、これらの生体材料を排除した既知成分からなる、完全合成ガラス化保存液キットの開発に取り組んだのである。

そして、これまでに開発してきた豚胚培養用培地を基礎液とし、超低温保存に必要な耐凍剤や血清の代替となる合成高分子の種類や濃度について最適な条件を検討することで、豚胚の超低温保存を目的とした完全合成ガラス化保存液キット(平衡液、ガラス化液、加温・融解液のセット)の開発に国内で初めて成功した。

同キットを用いて超低温保存した豚体外受精胚(すでに開発している完全合成培地により作製、1頭の受胚豚当たり30個)を、加温・融解処理後、外科的に6頭の受胚豚(借り腹雌豚)の子宮に移植(画像2)。その結果、4頭が妊娠した。

また、受胎した4頭すべての受胚豚から、総計で18頭(1頭当たり平均4.5頭)の子豚(画像3)が生まれ、動物成分を含まない培地で作製した体外受精胚を完全合成ガラス化保存液で超低温保存した後に胚移植によって子豚を生産することに、世界で初めて成功した。

画像2。豚体外受精胚の超低温保存と移植の流れ

画像3。超低温保存した体外生産胚の移植で生まれた子豚

完全合成体外受精胚作製用培地及びガラス化保存液キットを使用して体外受精した超低温保存胚から子豚を生産できることが証明され、これらの技術は疾病伝播防止の観点からも、有効に活用できると期待されるという。

また、開発された完全合成ガラス化保存液キットは、豚体外受精胚に限らず体内受精胚の超低温保存にも使用でき、この技術は豚個体を養豚農場間で移動させる必要がなく、超低温保存した胚を輸送して、ほかの養豚農場で子豚として生産する低コスト繁殖技術として養豚産業に貢献することも期待される。

研究グループは、以上の豚胚の超低温保存技術は、養豚農家で実施可能な胚移植技術と組み合わせ、受胎率や産子数を改善することで、低コストで衛生面でのリスクの少ない種豚生産・導入システムとして活用できると考えられるとコメント。

そのため、超低温保存胚の非外科的胚移植による種豚生産の実証試験を現在行っており、豚の受精卵移植産業の形成を視野に入れた研究開発を進めているとした。さらに、細胞を生きたまま半永久的に保存する超低温保存技術は、家畜の精子や胚といった遺伝資源の保存での活用も期待されていると述べている。