農業生物資源研究所(生物研)は、カイコの突然変異体「赤卵」の解析から、眼や卵の紫色の色素合成に必要な遺伝子「Bm-re」を明らかにしたと発表した。最終的な色素産物の合成に直接的に関わる遺伝子が明らかになったのは、世界で初めてだという。

成果は、生物研 遺伝子組換え研究センター 遺伝子組換えカイコ研究開発ユニットの二橋美瑞子特別研究員、同立松謙一郎主任研究員、同 農業生物先端ゲノム研究センター 昆虫ゲノム研究ユニットの山本公子ユニット長、同昆虫科学研究領域 昆虫成長制御研究ユニットの篠田徹郎ユニット長ららの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米科学誌「The Journal of Biological Chemistry」2012年5月18日号に掲載されると共に、表紙を飾った(画像1)。

画像1。「The Journal of Biological Chemistry」2012年5月18日号の表紙左のカイコは野生型で眼が黒いが、右のカイコは赤卵変異体で眼が赤い

大多数昆虫の体表や翅、眼などに見られる茶、紫、赤などの色は主に「オモクローム系色素」という色素類によるものだ。オモクローム系色素はアミノ酸の1種であるトリプトファンから合成され、中間体「3-ヒドロキシキヌレニン」が酸化縮合して合成される。昆虫を含む節足動物の主要な色素であるほか、軟体動物にも存在する。

野生型のカイコの紫色の卵と黒い眼もオモクローム色素によるものだが(画像2・4)、日本で約100年前に発見された突然変異体「赤卵」にはオモクローム系色素の合成に異常があり、卵や眼の色が赤くなる(画像3・5)。

画像2(左)は野生型カイコの紫色の卵。画像3は、オモクローム系色素の合成に異常がある赤卵

画像4(左)が野生型カイコの眼で、画像5が赤卵の眼

赤卵では、オモクローム系色素を合成する最終段階に異常があると考えられてきたが、これまで原因遺伝子は不明だった。また、ほかの昆虫の色についてもオモクローム系色素が深く寄与していると推測されてきたが、最終的な色素の合成過程で働く遺伝子についてはわかっていなかった次第だ。

一方で、カイコの遺伝子組換え技術を用いて、遺伝子機能解析や、医療などに役立つ有用物質の生産に向けた研究が近年盛んに進められている。遺伝子組換えカイコを作出する際には、卵や眼で光る蛍光タンパク質を「マーカー」として用いて、遺伝子組換えが起こったカイコを判別している。

しかし、この作業には高価な蛍光顕微鏡が必要で、加えて卵で判別可能な時期は2日間しかないことから、卵の色の変化を肉眼で判別できるような遺伝子組換えマーカーの開発が切望されていた。特に、赤卵変異体の卵の色は非常にわかりやすいため、遺伝子組換えマーカーへの利用が期待されていたのである。

そこで今回、研究グループはオモクローム系色素合成経路を明らかにし、カイコの遺伝子組換えマーカーの開発に発展させることを目指し、カイコの赤卵変異体の原因遺伝子の解明に取り組んだというわけだ。

カイコのゲノム情報を用いた「ポジショナルクローニング法」によって、赤卵の形質の原因を調べたところ、赤卵では「Bm-re遺伝子」に異常があることが判明した。

ポジショナルクローニング法とは、目的の形質の原因である遺伝子の、染色体上の位置を調べる方法のことである。形質の原因遺伝子が、染色体上のどのDNAマーカーの間に存在するかを突き止めて、染色体上のおおよその位置を絞り込んでいく仕組みだ。

そこで、野生型のカイコの卵において、この遺伝子の機能を「RNAi法」で抑制すると、卵の色が赤卵と同じ色になった。このことから、Bm-re遺伝子が赤卵の原因遺伝子であり、紫色のオモクローム色素の合成に必要であることが明らかになったのである。

なおRNAi法とは、目的の遺伝子の働きを抑制することにより、その遺伝子の機能を明らかにする手法のことだ。目的の遺伝子と同じ配列を持つ2本鎖RNAを個体や細胞に導入することにより、目的遺伝子のタンパク質の合成を防いでいる。

ほかの生物も調べられ、その結果、Bm-re遺伝子は現在ゲノムが解読されている昆虫のほとんどに存在することが判明。甲虫目のモデル昆虫である「コクヌストモドキ」でも、Bm-re遺伝子の機能を抑制すると、眼の色が薄くなったことから、Bm-re遺伝子は、カイコ以外の昆虫でも色素合成に関わっていることが示されたのである。

興味深いことに、モデル昆虫として有名な「キイロショウジョウバエ」のゲノムには、Bm-re遺伝子が存在していなかった。キイロショウジョウバエの眼は、カイコやコクヌストモドキと異なる赤い色で、色素の組成も異なるため、Bm-re遺伝子の有無が昆虫種の間における眼の色の違いに関係している可能性が示唆された。

今後、赤卵系統に正常なBm-re遺伝子を導入して卵の色が野生型の紫色に戻ることが確認されれば、卵の時期に肉眼で判別可能な遺伝子組換えマーカーの開発とそれによる遺伝子組換えカイコでの有用タンパク質生産のさらなる効率化につながるものと期待されると、研究グループは述べている。