東北大学などの研究開発チームは走査型プローブ顕微鏡(SPM)で得られる画像を理論的に計算できるソフトウェアの実用化に成功したと発表した。同成果は、アドバンストアルゴリズムアンドシステムズの柿沼良輔 社長と東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の塚田捷 特任教授らによるもので、SPMシミュレータとして2012年6月にアドバンストアルゴリズムアンドシステムズから発売される予定。

走査型プローブ顕微鏡(SPM)は、片側を固定した梁状の部品(カンチレバー)の先端に取り付けられた微小な針(探針、プローブ)で試料表面をなぞることで、試料表面の凹凸を高い解像度で観測する装置。原理や構造が単純なため、食卓に載るほど小さなサイズの装置や、さまざまな拡張機能を搭載した装置もあるほか、試料を走査する探針の先端を工夫することで、トンネル電流や磁気相互作用、局所接触電位差など、さまざまな物理量を直接観測することも可能だ。代表的なSPMとしては、原子間力顕微鏡(AFM)や走査型トンネル顕微鏡(STM)があるほか、最近のものとしてはケルビンプローブフォース顕微鏡(KPFM)があり、その応用範囲は、半導体表面から活動中の生体分子まで多岐に渡り、さらなる広がりを見せている。

図1 AFM、STM、KPFMの仕組みと、観測する物理量の概念図。AFMでは、カンチレバーのたわみをレーザーの反射角度から測定し、探針と試料の間に働く力として測定する。STMやKPFMでは、探針試料間に生じる電流や電圧を検出器で測定する

従来のSPM解析ソフトウェアは、試料表面の傾斜補正などの簡単な解析にとどまっていた。しかし、SPMの探針先端と試料間のナノ領域では、探針先端の原子と試料表面の原子の間に力学的・電子的・化学的な相互作用が複雑に絡み合っているため、SPM画像を理論的に計算できるソフトウェアの支援がない現状では、観測結果を有効に利用することができなかった。そこで今回、研究開発チームは、SPMの観測環境で探針と試料の間で起こる物理現象を理論定式化し、市販のパソコン上での計算を可能とするアルゴリズムを構築し、これを元に計算プログラムを作成、一般のパソコンで動作する実験計算結果比較型のソフトウェアを開発した。

表1 SPMシミュレータに含まれる各種シミュレータ

SPM観測で問題とされるナノ領域では、原子レベルの力学的・電子的・化学的な相互作用が複雑に絡み合っている。この相互作用を調べるためには、理論的な計算結果と実験で観測した結果を比較する方法が有効であり、同ソフトでは、こうした必要性に応えるために、従来の研究レベルのSPMシミュレーション技術に加え、複数のシミュレータを開発し、用途に応じた計算手法を選択できるようにした。

図2 探針と試料および計算されたSPM像の概念図。探針は、計算機中で実際に走査され、その位置ごとに力学的相互作用・電子的相互作用・化学的相互作用を計算、SPM像として出力する

これらのシミュレータは原則としてユーザーが探針形状と試料形状を入力すると、計算機中で実際に走査し測定量を計算し、画像を構築する。

図3 動作中のSPMシミュレータ(例:原子分子ナノ材料AFM像シミュレータ)(左画面)分子修飾探針を模した一酸化炭素分子と、観測試料であるペンタセン分子模型を入力して計算すると、得られる計算画像をあたかも走査中のAFM画像のように出力(右画面)される

今後、SPM計測技術は、先端的基礎研究分野のみならず、産業分野においても重要性を増していくことが期待されており、今回の成果をSPMに搭載することで、従来のSPM関連ソフトでは解析できないと考えられていた物理量や内部情報を、シミュレーションによって獲得することが可能になることが期待できると研究開発チームでは説明している。また、同製品をSPM観測装置の標準的なインタフェースとして発展させ、かつシミュレータ単独としても大学や高校における教育用コンテンツとして利用されるようになることも目指すとしている。

図4 計算画像と実験画像の比較機能。シリコン表面のAFM像に関する計算画像(左)と実験画像(右)。計算画像を直接実験画像と比較することで、計算に必要な入力値を推定することができる。赤色の線はシリコン表面の同じ領域を表している(画像提供:東京大学 生産技術研究所 福谷研究室)