東京大学は、出芽酵母の細胞壁の維持に不可欠なグルカン「β-1,6-グルカン」の合成に関わる複数のタンパク質の機能を明らかにしたと発表した。

成果は、東大大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻の栗田朋和農学特定研究員(当時)、同野田陽一助教、同依田幸司教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、3月23日付けで「Journal of Biological Chemistry」の電子版に掲載され、さらに5月18日刊行の雑誌版にも掲載された。

発酵や醸造など、カビ・酵母・キノコを含む真菌類はヒトに役に立つものが多い。その一方で、一部の病原性真菌は内臓に侵入して真菌感染症を引き起こすなど、厄介な一面も併せ持つ。細菌とは異なり、細胞の作りがヒトに近いため、大きな問題があるのだ。

そんな真菌類にあって、ヒトにないものの1つが細胞壁である。真菌類の細胞壁は、細胞の物理的な強度を保つ以外にも細胞内外のコミュニケーションを行うタンパク質の足場となるなど、真菌類の生存にとって必須の器官だ。そうした理由から、細胞壁は真菌症治療における薬剤の標的として注目されているのである。

しかし、これまでは出芽酵母の細胞壁の維持にβ-1,6-グルカンが不可欠であることはわかっていたが、その合成機構がほとんど解明されていないという状況だった。

グルコースがβ-1,6結合により約350残基結合した多糖が、β-1,6-グルカンである。細胞壁に最も多く存在するβ-1,3-グルカンに細胞壁のほかの構成成分であるキチンや細胞壁タンパク質を結合する働きがあるため、細胞壁構造の維持に不可欠だ。酵母細胞の生存に必須。

これまでに破壊することで、β-1,6-グルカンが減少する遺伝子は多く見つかっている。しかし、β-1,3-グルカンやキチンの合成酵素と相同性があるものは発見されず、それらの遺伝子産物はβ-1,6-グルカンが検出されない細胞の内部の小器官に多く見つかってきた。

この事実から、β-1,6-グルカンの合成がこれまでに解析されたほかの細胞壁多糖とは異なる合成機構が予想されたが、β-1,6-グルカンが合成される具体的な分子機構や場所については、これまでほとんど解明されていない。

研究グループが2011年に報告したのは、β-1,6-グルカン合成に必須なタンパク質「Kre6」が親細胞から芽として大きくなる極性生長部位に局在し機能することだった。

一方でこのKre6タンパク質は、タンパク質の折り畳みや修飾を行う「小胞体」にもたくさん局在することがわかっている。小胞体は、出芽酵母では核膜と細胞質膜のすぐそばに見られる、ひとつながりの大きな細胞内小器官だ。リボソームよって翻訳されたタンパク質が、折り畳みや修飾を受けて機能を発揮できる構造に成熟する場所だ。β-1,6-グルカン合成に関わるとされるタンパク質は小胞体で多くが発見されているというデータがある。

他方、分子機構は不明ながら、破壊するとβ-1,6-グルカンが減少する小胞体タンパク質が複数報告されていた。そこで、研究グループは小胞体に局在しβ-1,6-グルカン量に影響するタンパク質が、Kre6の折り畳みや修飾に関わり間接的に影響するのではないかと考え検討したのである。

その結果、「Keg1」と「Cne1」という小胞体タンパク質の変異株において、Kre6タンパク質の極性性生長部位への局在が失われていることがわかった。

Keg1は生存に必須の小胞体膜タンパク質で、以前に依田研究室において、そのβ-1,6-グルカン合成への関わりとKre6との結合について報告が成されている。

もう1つのCne1は真核生物「Calnexin」に広く保存された、タンパク質の折り畳みを行うタンパク質とアミノ酸配列が類似しているもの、実はこれまで細胞内での役割がほとんどわかっていなかった。

さらにKeg1はKre6の細胞内での安定性にも必要であること、Cne1もKre6と結合し、その結合にはCalnexinと同様に標的タンパク質のN糖鎖の構造が影響する可能性も示されたのである。

よって、今回の研究では、これまでまったくわからなかった、小胞体に局在し細胞壁のβ-1,6-グルカン合成に関わるタンパク質の機能を初めて明らかにしたというわけだ(画像1)。この発見はβ-1,6-グルカンの合成過程において、どのタンパク質が直接合成反応を行うのかということを解明する上でとても重要である。

画像1は小胞体局在β-1,6-グルカン合成関連タンパク質の変異株におけるKre6の局在をとらえたもの。出芽酵母の各細胞を抗Kre6抗体を用いた「間接蛍光抗体法」により観察した。Kre6タンパク質(緑色)は野生株(WT)では小さい芽や芽が出る直前と思われる領域に局在する。しかし「シャペロン様タンパク質」であるKeg1とCne1の変異株(keg1-1, cne1Δ)では、そのようなKre6の局在が見られなくなっている。

画像1。小胞体局在β-1,6-グルカン合成関連タンパク質の変異株におけるKre6の局在

今後の研究の進展により、β-1,6-グルカンの合成酵素(群)が解明されれば、その中心となるタンパク質を標的とした薬剤の開発や細胞壁を改変した菌類の発酵醸造への利用が考えられるという。

また、β-1,6-グルカンは病原性真菌も含めた多くの真菌類に共通して存在することから、出芽酵母でのβ-1,6-グルカン合成機構の解析は多くのほかの菌類にも応用展開も考えられると研究グループはコメント。さらに、このために今後の出芽酵母におけるβ-1,6-グルカン合成系の全容解明が強く期待されているとしている。