京都大学は、アルツハイマー病の介入研究について、これまで疫学的に良いとされていた運動療法がアルツハイマー病の認知機能に効果をもたらすメカニズムの一端を解明し、運動と食事という介入を比較して、どちらの介入を優先すべきかということを明らかにしたと発表した。

成果は、京大医学研究科 人間健康科学系専攻の木下彩栄教授の研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、「The Journal of Biological Chemistry」に掲載された。

高齢化が急速に進む日本では、認知症患者が激増している。現在、200万人以上が認知症に罹患しているとされているが、中でもアルツハイマー病は進行を止める治療薬もなく、介護負担の重さから大きな社会問題となっている状況だ。

最近、アルツハイマー病の危険因子として、糖尿病や高脂血症などの生活習慣病との関連が疫学的に注目されるようになってきた。2011年の国際アルツハイマー病学会でも、生活習慣病や教育といった介入可能な項目に介入することで、全世界で50%程度患者数を減らすことができるのではないかという試算もされている。

そこで、研究グループはアルツハイマー病のモデルマウス「APPマウス」を使い、「どのような介入が効果があるか」ということを調査した次第だ。

画像1に示されているように、まずAPPマウスに高脂肪食を食べさせる(赤:APP-HFD)。すると、認知機能が悪化し、アルツハイマー病の目印の物質であるアミロイドがたくさん脳内に蓄積することがこれまでの研究で報告されており、アルツハイマー病と糖尿病や高脂血症との関連が示唆されたというわけだ。

そこで、APPマウスに高脂肪食を食べさせたまま、自発的な運動をさせた(青:APP-HFD+Ex)。あるいは、運動をさせないでこのマウスの食事を普通の食事に換えてみる(緑:APP-HFD+Dc)。また、自発的な運動と食事療法の組み合わせも設定(紫:APP-HFD+Ex+Dc)。

画像1。実験デザイン。「control APP」が特に何もしていないアルツハイマー病モデルのAPPマウスを示す

画像2と3に示すように、これらのマウスに「モリス水迷路試験」という行動実験を行い、認知機能(記憶)を測定すると、高脂肪食で悪化した認知機能(赤:APP-HFD)が自発的な運動(青:Ex)によって顕著に改善を示し、その程度は食事療法(緑:Dc)よりも大きく、運動のみでも運動+食事療法(紫:Ex+Dc)の組み合わせと同等の効果が得られることがわかった。

画像2では、プラットホームに到達するまでの時間がEx、Ex+Dcでは早くなり、画像3においてはEx、Ex+Dcの条件で、目的地に到達する回数が増加していることを示している。

画像2。プラットホームに到達するまでの時間を示したグラフ

画像3。目的地に到達する回数を示したグラフ

この結果より、高脂肪食を与えて認知機能の悪化したアルツハイマー病モデルマウスでは、認知機能の改善という点から運動療法の方が食事療法より「より効果的」であることがわかった。また、食事は高脂肪食のままでも運動すれば(通常の食事に戻したマウスと同等の)効果が出ることも確認された次第だ。

なお、運動や食事療法により脳内のアミロイド蓄積が減少しているが、その理由については、酵素「ネプリライシン」の誘導によるものではないかと木下教授らは考察している。今回の研究では、運動による効果を、記憶を検査する行動実験の結果のみならず、脳内のアミロイド蓄積の点からも検証している点も特徴的といえるだろう。

また今回の研究について木下教授らは、社会的に、これまで疫学的によいとされていた運動療法がアルツハイマー病の認知機能に効果をもたらすメカニズムの一端を解明したという点と、運動と食事という介入を比較して、どちらの介入を優先すべきかということを明らかにしたという点に意義があるとしている。

これらは今まで十分に解明されていなかった点だが、実地臨床に即、応用できる点から、広く社会に発信すべき研究成果ともコメントした。