名古屋大学(名大)は4月18日、植物の成長促進因子として知られる植物ホルモン「オーキシン」が、植物細胞を伸長させる分子メカニズムを明らかにしたと発表した。成果は、名大大学院理学研究科生命理学専攻植物生理学グループの木下俊則教授らによるもの。研究の詳細な内容は、「Plant Physiology」誌に掲載された。

画像1のシロイヌナズナ黄化芽生え(暗所下で生育させた幼植物のことで、一般には「もやし」と呼ばれる)に示されるように、植物は短い時間で著しく伸長生長する。これは、植物ホルモンであるオーキシンが細胞体積を増大させることによって引き起こされる現象だ。

オーキシンは130年ほど前にダーウィンらが行った光屈性現象の研究を端緒として、植物の屈曲(偏成長)や伸長を誘導する物質として発見された初めての植物ホルモンである。アミノ酸「トリプトファン」から生合成され、ギリシア語で「増加」や「成長」を意味する「auxein」にちなんでいる。

画像1。シロイヌナズナ黄化芽生えの伸長生長。黄化芽生えの伸長生長は、子葉と根に挟まれた胚軸を構成する細胞の体積が増大することによって起きる。この現象は、植物ホルモン・オーキシンの代表的な生理作用の1つだ

最近の研究により、オーキシンは、植物の生活環全般にわたって極めて重要な働きを担っていることが明らかとなってきた。オーキシンによる植物の伸長生長の初期過程については、1970年代初頭から提唱されている。オーキシンが細胞から水素イオン(プロトン)放出を促進することで、細胞壁を酸性化して細胞壁のゆるみを引き起こすことで伸長生長を引き起こすというわけだ。

これは「酸成長説」と呼ばれる説である。酸性条件下で細胞壁のゆるみを引き起こすタンパク質「エクスパンシン」などが発見されたほか、水素イオン放出に伴う細胞膜の電位変化がカリウムイオンチャネルを介したカリウムイオンの取り込みを促し、その結果、細胞への水流入と細胞体積の増大を誘導することが実験的に示されてきたことなどから、現在、広く受け入れられている説だ。

しかしながら、オーキシンがどのようにして細胞膜を介した水素イオン放出を引き起こしているのか、その点についてはこれまで明らかになっていなかったのである。

今回の研究では、シロイヌナズナの黄化芽生え(もやし)から単離した胚軸(植物の芽生えの子葉と根に挟まれた部位)切片を用いて、オーキシンによる伸長生長の詳細な解析を進めた。その結果わかったことが、胚軸切片にオーキシンを与えると、伸長生長の促進に先立って酵素「細胞膜プロトンポンプ」が「リン酸化」されて活性化され、水素イオンを放出しているということだったのである。

細胞膜プロトンポンプとは、植物細胞の細胞膜上に存在する膜タンパク質のことだ。生物のエネルギー通貨など呼ばれる「ATP(アデノシン三リン酸)」の加水分解エネルギーを利用して、細胞内から細胞外へ水素イオンをポンプのように汲み出す。植物にとって必須の酵素である。

そしてリン酸化とは、有機化合物にリン酸基を付加する化学反応のことだ。タンパク質のリン酸化は代表的な翻訳後活性調節機構の1つであり、タンパク質の構造変化を引き起こすことで活性を調節する。可逆的にリン酸基を付加したり取り除いたりすることで、酵素活性の分子スイッチとして働く形だ。

画像2は、オーキシンによる細胞膜プロトンポンプの活性化機構の模式図だ。オーキシンは、細胞膜上に存在する細胞膜プロトンポンプのリン酸化レベルを上昇させ、触媒活性を増大させる。細胞膜プロトンポンプの活性化により細胞外へ水素イオンが放出され、酸性化による細胞壁のゆるみと細胞膜の電位変化によるカリウムイオン流入とそれに伴う水流入が起こり、細胞体積が増大する。これらの結果、植物組織の伸長生長が誘導されるというわけだ。

画像2。オーキシンによる細胞膜プロトンポンプの活性化機構の模式図

なお、細胞膜プロトンポンプのリン酸化を阻害する薬剤で処理するとオーキシンによる伸長生長も抑制されたことから、細胞膜プロトンポンプが間違いなく、オーキシン誘導性伸長生長に必要であることが確かめられた。

また、オーキシンによる細胞膜プロトンポンプのリン酸化は、近年、オーキシン受容体であることが明らかとなった「TIR1」を介さずに起こることも明らかとなり、新規のオーキシン受容体やシグナル伝達経路を介する制御機構が存在することが示唆された形だ。

これらの結果により、今から130年ほど前にダーウィンらの研究を端緒とする成長促進物質オーキシンによる植物の伸長生長の分子機構が初めて明らかになったのである。

植物ホルモン・オーキシンの代表的な生理作用である伸長生長において、中心的な役割を果たす細胞膜プロトンポンプの関与とその活性化メカニズムが明らかとなり、これまで混沌としていた植物の伸長生長の分子機構を明確に説明できるようになった。これにより、今後、植物生理学の教科書が書き換えられていくものと予想される。

さらに細胞膜プロトンポンプの活性化は、既知のオーキシン受容体を介さずに起きていることが示されたことから、新規のオーキシン受容体やシグナル伝達経路を解明する手がかりも得られた形だ。

また、オーキシンによる伸長生長が細胞膜プロトンポンプのリン酸化によって制御されることが明らかとなったことから、細胞膜プロトンポンプのリン酸化レベルや活性状態を人為的に調節することで植物の細胞伸長を制御することにより、農産物の収量増大やバイオマス増大に向けての応用も期待されると、研究グループはコメントしている。