東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)は、遠方宇宙の非常に明るい天体として知られる「クエーサー」を用いた重力レンズ現象の大規模な探索を行い、その結果、宇宙の膨張速度が加速度的に増える強い証拠を得たと発表した。

宇宙の加速膨張は2011年ノーベル物理学賞の対象となった超新星爆発の観測などによって明らかにされているが、今回はそれとはまったく異なる方法で確認したことで裏打ちするものとなり、加速膨張とそれを引き起こすダークエネルギーの存在がより確かなものとなった形だ。

成果は、カブリIPMU研究の大栗真宗特任助教、奈良工業高等専門学校の稲田直久講師を中心とする国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米宇宙科学誌「The Astronomical Journal」への掲載が決定している。

クエーサーとは、銀河中心にある巨大ブラックホールにガスが落ち込むことによって明るく光り輝くと考えられている天体だ。非常に明るいため、遠方宇宙を調べる際の灯台の役割を担う天体であると同時に、重力レンズの研究においても重要な役割を果たしている。

遠方クエーサーの手前にちょうど銀河が存在した場合、銀河の重力場により光の径路が曲げられる重力レンズ効果が発生し、その結果背後のクエーサーが見かけ上複数個に分裂して観測される「宇宙の蜃気楼」ともいえる現象が起きることがあるのだ。

この宇宙の蜃気楼は、1979年にはじめて実際の現象が観測的に報告されて以来、これまでに100例以上発見されている。研究グループは、このようなクエーサー重力レンズ現象を「スローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)」のデータから系統的に探索する計画を推進してきた。足掛け10年にわたる10万個のクエーサーの探索の結果、約50個の新しい重力レンズを発見し、観測例を大幅に増やすことに成功した(画像1)。

なおSSDSとは、広視野の望遠鏡とCCDカメラ、分光器を組み合わせた観測で1998年より進められている宇宙地図作成プロジェクトだ。全天の4分の1にわたり、1億個以上の天体の位置と明るさを測定し、さらに100万個の銀河とクエーサーに対しては距離も測定するという目標がある。

画像1は今回新たに発見されたクエーサー重力レンズの画像だ。実際に探索に使われたSDSSの画像ではわずかに広がったようにしか見えないが、ハッブル宇宙望遠鏡で観測した画像ではクエーサー(白色)が見かけ上二つに分裂している様子、および重力レンズ現象を引き起こしている手前の銀河(オレンジ色)の存在がはっきりと確認できる。

これらクエーサー重力レンズの頻度、すなわち調べたクエーサーの内の何割のクエーサーがこのような重力レンズ現象を起こしているかを観測することで、宇宙の膨張の様子を調べることが可能だ。

もし宇宙の膨張速度が速くなればクエーサーまでの距離が増えるため、その分手前に重力レンズを引き起こす銀河がちょうど重なる確率が高くなるからである(画像2)。

画像1。今回の探索により発見された新しいクエーサー重力レンズSDSSJ1226-0006の画像

画像2。クエーサー重力レンズを用いた宇宙の膨張速度測定の概念図

この方法は、カブリIPMUの福来正孝主任研究員やエドウィンターナー併任研究員らが1990年に提唱した方法だったが、20年以上経った現在になって観測技術が進展して、ようやく現実的な応用が可能となった経緯だ。

今回の探索では、遠方のクエーサーが重力レンズ現象として観測される可能性は約0.05%と判明し、これを詳細な理論計算と比較することで宇宙の膨張の歴史を明らかにた。

その結果、宇宙の膨張が加速度的に増えていること、すなわち宇宙のエネルギーの7割以上がダークエネルギーと呼ばれる未知のエネルギーで占められていることを強く支持する結果が得られたのである。

宇宙の加速膨張は、現在の宇宙論研究の最重要テーマの1つだ。2011年のノーベル物理学賞が、超新星爆発の研究による宇宙の加速膨張の発見に与えられたことは記憶に新しい。ただし、超新星爆発を用いた膨張の測定もさまざまな仮定に基づいたものであるため、その結果の独立した検証は極めて重要となる。

今回のクエーサー重力レンズを用いた測定は、超新星爆発により発見された宇宙の加速膨張の裏付けとなるのみならず、膨張の様子を詳しく調べる上でも貴重な結果となった。

例えば、宇宙背景放射の観測などと組み合わせることで、ダークエネルギーの性質がいわゆる「宇宙項」とよく一致することが、超新星爆発の結果とは独立に得ることにも成功した形である。

ちなみに宇宙項とは、アインシュタインが一般相対性理論を発表する際に、宇宙は膨張も収縮もせず定常的であると信じて導入した、重力(引力)との釣り合いを取るための項のことだ。真空のエネルギー(ダークエネルギー)を表し、物質同士が反発しあう斥力の効果を与えるものである。

なお、後にハッブルらによる膨張宇宙モデルが主流になると、アインシュタイン本人も「生涯で最大の失敗」と語ったとされるように、必要ないと考えられるようになった。しかし、近年になって宇宙の膨張が加速しているという事実が明らかになると、これを説明するために再登場したのである。

こうしたダークエネルギーの性質について攻めるプロジェクトとしては、日本ではカブリIPMUが推進するすばる望遠鏡を用いた大規模サーベイ「SuMIRe(SUBARU Measurement of Image and Redshifts)計画」が進行中だ。