京都大学は、金属磁石の磁力を室温付近の100℃程度の広い温度範囲にわたって電気的にスイッチすることに成功したと発表した。成果は、京大化学研究所の小野輝男教授、同小林研介准教授、同千葉大地助教、同大学院生島村一利氏、同大学院生河口真志氏、電力中央研究所の小野新平主任研究員、科学技術振興機構(JST)、NECの共同研究グループによるもの。詳細な研究内容は、現地時間3月19日付けで米科学誌「Applied Physics Letters」に掲載された。

磁石の性質は、一般的に温度よって変化することが知られている。また、外部から加えた磁界や電流により磁石の磁化の方向を変えたり、スイッチしたりすることができるため、HDDや磁気メモリなどの記録メディアとして広く利用・開発されているのは多くの人が知るとおりだ。

このような中、これらデバイス動作のさらなる省エネ化・超高速化の観点から、磁界や電流を用いずに、電圧により磁化の方向をスイッチする手法が注目を集めている。

特に、絶縁膜を介して磁性体に電圧を加える手法は、半導体の電界効果型素子などに広く用いられている「ゲーティング」と同様の手法であり、半導体デバイスと融合した使い方ができる次世代の記録手法として、世界中で研究が進められている状況だ。

実際、前述した手法を用いることで、強磁性半導体や、ごく最近では強磁性金属においても磁化の方向がゲーティングにより制御できることが報告されるようになってきている。

昨年、研究グループの千葉助教らは、代表的な強磁性遷移金属であるコバルトの超薄膜に固体絶縁膜を介して±10Vの電圧を加えてコバルト表面の電子濃度を変化させることで、「強磁性状態」と「常磁性状態」の「強磁性相転移」(温度を変化させて、強磁性相と常磁性相の転移を引き起こすこと)を室温付近の最大12℃の温度範囲でスイッチできることを明らかにしていた。

なお強磁性状態とは、一般的には物質が磁石の状態にあることを指す。原子スケールで見ると、隣り合う各原子のスピンが同一の方向を向いて自発的に整列し(自発磁化)、全体として大きな磁気モーメントを持つ状態をいう。この時、物質は外部磁界がなくても自発磁化を持つことが可能だ。

一方の常磁性状態とは、物質が磁石の状態を示さない状態にあることを指す。中でも、外部磁界がない時には全体として磁化を持たず、磁界を印加するとその方向に弱く磁化する性質を示す時のことをいう。この時、熱ゆらぎによるスピンの乱れが強く、自発的な磁化方向の整列はない状態だ。

そして今回、研究グループは、制御電圧を1/5に下げ、室温を挟んで100℃程度まで制御温度範囲を広げることに成功した。今回は、固体絶縁膜の代わりにイオン液体を含んだポリマーフィルムを採用。作製した素子の模式図が画像1となる。

素子は厚さ0.4nmのコバルトの超薄膜、イオン液体を含んだポリマーフィルム(イオン液体フィルム)、ゲート電極という構成だ。コバルトとゲート電極の間に電圧を印加することで、コバルト超薄膜上にイオンが集まり、それによりコバルト表面に電荷が誘起されされ、磁性を制御することができる仕組みである。

画像1に描かれているようなイオンの層と電荷層のペアのことを「電気二重層」と呼ぶ。このように電荷を蓄積する手法は、市販のコンデンサなどにも利用されている。今回、研究グループは、この手法を用いてコバルト表面の電荷密度を制御し、磁性をコントロールした次第だ。

画像1。素子構造

画像2は、磁化の大きさの外部磁界依存性を示す。電圧を0Vから+2Vと変化させるにつれ、磁化の大きさが大きくなり、磁石に特有な履歴特性(ヒステリシス)が顕著に増大していく。これは0Vでは磁力を帯びていなかったコバルトが、+2Vで磁力を帯びたこと、つまり磁石の状態になったことを意味している。

画像3は、わずかに特性が異なる同様の素子で行った磁化の大きさの温度依存性。磁化がゼロになる温度が、強磁性相転移温度だ。±2Vの電圧で、100℃程度、相転移温度が変化していることがわかる。つまり、この温度範囲では、コバルトの磁力を電圧でスイッチできるということだ。

このように、小さな電圧で巨大な変化を実現できたことは、電気二重層の大きなキャパシタンス(電荷を蓄積する能力)によるものであると考えられるという。

画像2。300Kで測定した磁化の大きさの外部磁界依存性。2Vの電圧印加で、磁石特有のヒステリシスが大きくなっていることがわかる

画像3。磁化の大きさの温度依存性。磁化の大きさがゼロになる温度が強磁性転移温度。±2Vのゲート電圧で100K程度転移温度が変化していることがわかる

外部から磁界や電流を加えたり温度を変えたりすることなく、磁石の性質を室温で電気的に制御する手法は、将来的には、消費電力の極めて小さな磁気記録メディアへの応用や、コイルを用いない電圧駆動式の磁界発生器などへの応用が期待されると、研究グループはコメント。

また、電荷密度(=原子1個当たりの電子の数)を電圧で制御して、磁力をスイッチできるということは、材料科学の観点から、遷移金属の磁石が磁石であるための条件を考える上で大変有益な情報をもたらすと考えられるとも述べている。