物質・材料研究機構(NIMS)は3月19日、NIMS超伝導物性ユニット強相関物質探索グループとNIMS連携大学院の大学院生らは、同ユニットのエレクトロニクスグループ、東京工業大学(東工大)フロンティア研究機構と共同で、強靭な「高温超電導ナノワイヤ」の開発に成功したと発表した。

成果は、NIMS超伝導物性ユニット強相関物質探索グループの山浦一成主幹研究員とNIMS連携大学院(北海道大学大学院)李軍(リ・ジュン)大学院生、超伝導物性ユニットエレクトロニクスグループの袁潔(ユン・ジィ)NIMS特別研究員と、王華兵(ワン・ホワビン)主幹研究員と東工大フロンティア研究機構の細野秀雄教授らの共同研究グループによるもの。詳細な研究内容は、3月7日付けで米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

日本で開発された鉄系超電導体は、必須元素として鉄とヒ素を含有し、さらにほかの2種類以上の追加元素を含む場合に超電導転移温度が最も高くなることが知られている。

このような鉄系超電導体の薄膜状やバルク状の結晶はすでに製造されているが、長さ長さ(L)と直径(d)のアスペクト比(L/d)が高い「ウィスカー状」(ヒゲ状ともいい、形状の異方性が極端に大きく、ウィスカ状の物質で、その直径が1μm以下の場合、その物質をナノウィスカともいう)の結晶は製造困難であった。

その理由の1つに、必須元素であるヒ素の毒性に対する対応がある。広く開示されているウィスカ結晶の製造方法では、反応ガスや原料物質の気化または蒸発を利用して原料元素を輸送するため、元素が合成装置内部で広範に拡散してしまう。

このため、この製造方法では、ヒ素を含む鉄系超電導体を製造する場合、製造工程の安全性を確保するために、装置構成や工程が複雑化し、さまざまな制約条件の下で製造しなければならなかった。

もう1つの理由は、鉄系超電導体の超電導特性が結晶組成に鋭敏なためである。30K(-243℃)程度以上の高い超電導転移温度を有する、鉄とヒ素を含む4種類以上の構成元素からなる鉄系超電導体の結晶を所望の成分組成に調節して製造することは難しい。また、アスペクト比(L/d)が200以上である高アスペクト比のウィスカ結晶を製造することも同じく困難だ。

今回の研究では、毒性対応が容易であり、30K程度の超電導転移温度を有する鉄系超電導体のウィスカ結晶と、このウィスカ結晶を工業的に有利に製造することのできる製造方法を提供することを課題とした。

今回の研究では、前述した現状を鑑みて、検討を重ねた結果、原料物質に結晶育成を促進する添加剤を混ぜ、この混合粉末をカプセル状の金属製反応容器に充填し、機械的に適切な圧力を加えて混合粉末の最適な高密度化を図った後に除圧し、適切な熱処理を施すことによって、鉄系超電導体のウィスカ結晶を製造することができたのである(画像1)。

画像1。強靭な高温超電導ナノワイヤの製造工程の概略図。大型機器を必要としない簡素な工程である

より具体的には、今回の研究で得られた鉄系超電導体のウィスカ結晶は、カルシウム、鉄、白金、およびヒ素からなり、各元素のモル比が、それぞれ10:9:5:18であり、「SrZnSb2型結晶構造」を有することが特徴だ。SrZnSb2型結晶構造は、層状を特徴とするジントル相(アルカリまたはアルカリ土類金属と13から16族の典型元素との化合物)の構造の1つを指す。

また、このウィスカ結晶は、金属ヒ化物粉末および金属粉末を原料物質として製造され、結晶育成を促進する粉末添加剤との混合粉末をカプセル状のタンタル容器に充填し、この反応容器をダイスに装填し、対向して配置された2つのポンチを介して機械的に2400気圧程度の圧力で圧縮・密閉し、除圧後、反応容器を1000℃の温度で48時間保持し、引き続いて緩やかな冷却速度(0.3℃/分)で700℃以下になるまで加熱炉の中で冷却した。ウィスカ結晶は、おそらくこの冷却過程で成長したものと思われる。

さらに、こうして得られた鉄系超電導体のウィスカ結晶が絶対温度33Kで超電導状態に転移することが確認された。また、ウィスカ結晶は、細長い棒針状であり、SrZnSb2型結晶構造を有し、長さ(L)が0.1~2mm、直径(d)が0.2~5μmの範囲に分布していた。アスペクト比(L/d)は200以上である。

今回の研究で得られた鉄系超電導体のウィスカ結晶は、従来のバルク結晶や薄膜結晶と比較すると、結晶の形状に著しい異方性がある。すなわち、長さは2mmに達する一方で、直径は1μm程度以下という具合だ。

また、この鉄系超電導体のウィスカ結晶は、絶対温度3Kで超電導状態に転移するため、デバイス用の超電導線材や超電導接合素子材に適用可能である。銅酸化物超電導体でも超電導転移温度が同程度以上のウィスカ結晶が製造されているが、そのセラミックス固有の脆さのため、用途が限られてしまっている。

また、高い超電導転移温度を有するフラーレンのウィスカも製造されているが、アスペクト比は10程度。これに対し、鉄系超電導体のウィスカ結晶は、セラミックスよりも合金にその性質が近く、銅酸化物超電導体のように脆くなく強靭であり(画像2)、さらに、アスペクト比が200以上と大きく、適用可能な用途の拡大を図ることができる。

画像2。高温超電導ナノワイヤに応力を加えた様子

今回の研究の鉄系超電導体のウィスカ結晶の製造方法では、カプセル状の金属製反容器中に原料物質と添加剤の混合粉末を充填して固相反応を主体とする反応によって結晶育成を行うため、結晶組成や結晶構造を制御しやすい。

また、反応ガスや蒸発によって元素を輸送する複雑な大型機器を使用しないため、簡便かつ簡素であり、毒性を有する物質を含むにもかかわらず、安全性が保たれる点も特徴だ。このような観点から、本研究の高温超電導ナノワイヤーの製造方法は、産業応用上有用であると考えられると、研究グループはコメントしている。