筑波大学 数理物質系の丸本一弘 准教授を中心とした研究チームは、有機薄膜太陽電池の高効率化につながる分子レベルの新しい解析手法を開発したことを発表した。同成果は、2012年3月1日(独時間)に独国科学雑誌「Advanced Energy Materials」のオンライン速報版で公開された。

有機薄膜太陽電池は、軽量、フレキシブルといった物理的な特性のみならず、印刷プロセスにより従来の太陽電池に比べて、安価に大量生産が可能という特長を持つため、次世代の太陽電池として世界中で研究されている。また、太陽電池素子内のナノスケール構造を制御することで、近年、光電変換効率が10%を超す報告も出てくるようになり、注目を集めるようになってきた。

太陽電池素子中の電荷キャリアの解析は変換効率や太陽電池の耐久性の向上に有用であることが知られており、特に、トラップされた電荷キャリアの形成と蓄積の解析は太陽電池素子内の電場分布に影響を与え、変換効率などの太陽電池特性を低下させるため重要な指標となっている。電荷キャリア解析の研究としては、従来、熱刺激電流、光電子分光、インピーダンス分光などの手法が用いられていたが、これらの手法は、太陽電池素子の全体の平均値、いわゆるマクロな量を測定するものであり、太陽電池内の内部状態を分子レベルのミクロな観点で測定することはできなかったため、素子に問題があることは分かるものの、具体的に素子を形成している積層の構造欠陥がどの分子層にあって、効率や耐久性を得られないのか、ということを精度良く特定することはできず、結果的に素子特性の向上のためには、試行錯誤で場当たり的に素子を測定するしか方法でしか対処できていなかった

最近、有機トランジスタに電子スピン共鳴法(ESR)を適用する新しい研究手法が開発され、有機トランジスタの微視的な性質を明らかできるようになってきた。ESR法は、有機材料を高感度高精度に分子レベルで観察できる特長を持っているため、同手法を有機薄膜太陽電池素子に適用し、太陽電池素子内の電荷キャリアのトラップや分子配向などのミクロな情報を得ることは有用であると考えられていたが、通常の有機薄膜太陽電池素子では電極や配線に由来する導電性のために誘電損失が生じて測定感度が低下し、共鳴信号の観測が難しい問題があったほか、太陽電池素子のサイズが測定試料管に入らない問題や、基板材料が出すノイズの共鳴信号の問題などの技術上の障害が多く、有機薄膜太陽電池素子のESR測定は不可能と考えられていた。

今回の研究では、ESR法を改良して、太陽電池素子内部構造中の欠陥部位を分子レベルで測定できる「ミクロな解析測定手法」を開発した。

実際の測定では、低ノイズと高感度測定を両立するために短冊状の細長い石英ガラス基板(幅3mm、長さ20mm)を用い、また、電池構造の電極や配線を工夫して誘電損失を極限まで抑え、ESR信号の高精度測定に成功したほか、ESR装置の小さな光学窓から疑似太陽光を大面積で太陽電池に照射し、高精度な光誘起信号の検出を可能とするように、専用の疑似太陽光照射装置および光学系を新たに開発したことで、疑似太陽光を大面積で照射可能にし、困難を解決したという。

図1 電子スピン共鳴測定用の有機薄膜太陽電池素子構造。
(a) ペンタセンの化学構造。図中には、分子配向解析に用いるパイ電子の水素核超微細相互作用の主軸も示されている
(b) 測定で用いた素子構造の断面の概要図。素子構造は透明電極(ITO)/正孔取り出し層(PEDOT:PSS)/ペンタセン/フラーレン/正孔ブロック層(BCP)/アルミ電極
(c) ESR測定用の試料管中の素子構造の概要図
低ノイズと高感度測定を両立するために、短冊状の細長い石英ガラス基板を用いて素子面積の大面積化と内径3.5mmのESR試料管に挿入可能な素子構造を工夫し、電池構造の電極や配線を工夫して誘電損失を極限まで抑えることで、ESR信号の高精度測定に成功したという

今回の研究では、p型有機半導体ペンタセン、n型有機半導体フラーレンC60、正電荷(正孔)取り出し層(PEDOT:PSS)を用いて積層型の太陽電池素子構造を作製した。

太陽電池素子作製過程で正孔取り出し層を素子に挿入すると、高分子を用いた太陽電池では特性が上がるが、今回の低分子を用いた積層型では特性が下がり、その理由はこれまで分かっていなかった。しかし、今回、素子のESR測定を行った結果、正孔取り出し層の挿入により、明瞭なESR信号が観測されることが判明した。

図2 有機薄膜太陽電池素子のESR信号
赤実線:正孔取り出し層(PEDOT:PSS)有りの場合の素子のESR信号
青破線:正孔取り出し層(PEDOT:PSS)無しの場合の素子のESR信号
有機薄膜太陽電池素子のESR信号測定を行った所、素子特性の良い素子(正孔取り出し層の無い素子)ではESR信号が観測されないが、素子特性の悪い素子(正孔取り出し層のある素子)では明瞭なESR信号が観測された。この信号の解析により、ペンタセンに由来する信号であることが同定された

この信号を解析したところ、信号の起源がペンタセン分子に由来していることが同定された。この信号強度は太陽電池素子へ加えた電圧に依存することから、運動可能なトラップされた電荷キャリアに由来することが確認されている。そして、電荷キャリアのトラップ場所を同定するために、正孔取り出し層とペンタセン層の積層試料の測定を行った結果、正孔取り出し層とペンタセン層との界面において、ペンタセン層から正孔取り出し層へ電子移動が生じ、そのため、ペンタセンに正孔が生成されていることが判明した。この電子移動による電荷生成は、正孔取り出し層とペンタセンとの相対的なエネルギー準位差で説明することが可能である。つまり、この電荷生成が太陽電池素子内の電場分布に影響を与え、変換効率などの太陽電池素子特性を低下させていることが分子レベルで解明されたこととなった。この電荷生成は、正孔取り出し層の選択に大きく依存することがエネルギー準位図からも理解することができることから、今回の手法の結果に基づいて電荷生成が生じないように適切な有機材料を選択することで、太陽電池素子の初期特性の向上が可能になるという。

なお、同手法の確立により、太陽電池素子作製の初期段階で実際に動作させなくても太陽電池素子の潜在能力が検討できるようになるため、高効率化を目指せるデバイスを早期に取捨選択できるようになるほか、構造欠陥部位を分子レベルで測定・解明し、その改善を図ることで、さらなる特性の向上や高効率化を目指すことが可能となり、有機薄膜太陽電池の発展が期待できるとのことで、ESRは、有機トランジスタの高特性化にも実績があるため、今後は有機ELや燃料電池、有機メモリなどに応用することで、幅広い有機デバイスの開発にも役立つものと考えられるという。