BL(ボーイズラブ)小説の金字塔とうたわれる名作「富士見二丁目交響楽団シリーズ」。その第一作となる「寒冷前線コンダクター」が何とシリーズスタートから20年近く経った今になって実写映画化された。これだけ長いシリーズになると、ファンもそれぞれにキャラクターのイメージを持っているだろうし、もう随分前にドラマCDもリリースされている。そんな往年の名作を実写化するというのは、それだけでもうかなりのチャレンジだと思うのだが、果たしてその出来栄えはどんなものだろうか……。

あらすじはこうだ。

守村悠季(高崎翔太)は、市民オーケストラ・富士見市民交響楽団(通称フジミ)のコンサートマスター。ある日、そんなフジミに孤高の若き天才指揮者・桐ノ院圭(新井裕介)がやってくる。フジミの指揮者に就任した桐ノ院はワンマンながらも圧倒的な実力で楽団のレベルを引き上げていくが、そんな桐ノ院の強引なやり方が悠季は気に入らない。そして、とうとう「フジミをやめる」と言い出した悠季だったのだが――。

そんな悠季を引き止めるため、圭はある大胆な行動に出る

メインとなる2人を演じるのは、『ミュージカル テニスの王子様』でデビューを果たした若手俳優の高崎翔太と新井裕介。筆者は原作を読んでいないので、主人公2人に対する定まったイメージがなく、比較的すんなりと彼らを受け入れることができた。ちなみに原作ファンだという知人にも予告編を見せてみたところ、やはりそれほど悪い反応ではなかったので、キャスティングについてはまずまず成功しているといえるのではないだろうか。……というか、小説や漫画の実写化作品においては、キャラクターのキャスティングの良し悪しが映画のクオリティーの8割を決めるといっても過言ではない。そこがダメだと、いくらストーリーや演出が優れていても、実写化作品としては失格なのである。例えば劇場版「こち亀」では、ストーリーなどはそれなりの評価を受けていたにも関わらず、香取慎吾演じる両さんがあまりにも原作のイメージとかけ離れていたため、酷評されてしまった。人気作品を原作に据えるというのは、そういうハンデを背負うことでもあるのだ。

ということで、この「寒冷前線コンダクター」については、そのハードルはまず乗り越えたといっていいと思う。俳優2人も原作のキャラクターを忠実に再現しようと努力している様子が演技から感じ取れたし、テニミュ仕込みのややオーバーな演技も本作の雰囲気には合っていると思った。

人気バイオリニストのNAOTOもゲスト出演している

……ただ、それ以外については色々ツッコみたい点がてんこ盛りだ。まず技術的なところだと、悠季のバイオリン演奏がかなり酷い。時間がなくて練習不足なのは仕方ないと思うが、素人目にもわかるほど弓の動きがぎこちないのだ。悠季の演奏シーンを見ていて、「浮いてる! 弓が弦から浮いてるよ! それ音出てないよ!」と何度も言いたくなった。それと、せめて弓の動きとメロディーは合わせてほしかった。もちろん音は後入れだし、それ自体は全然問題ない。だけど音楽番組の口パクだって、一応は口の動きと音が合っているから違和感なく聴けるのであって、そこがズレていたら気になって集中できないのである。

で、そういう問題を知ってか知らでか、カメラがまた悠季の手元をガンガンアップにするのだ。いやそこは撮り方でもうちょいぎこちなさをカバーしてあげて! たしかに綺麗な顔をアップにしたいのはわかるし、そこにニーズがあるのも承知してるけども!

さて、そんな感じで演奏シーンには終始モヤモヤさせられるわけだが、ストーリー自体は原作に忠実だ。尺の関係で端折(はしょ)っているところもあるが、映画オリジナルの結末を用意しました! みたいなウルトラCもなく、大筋はきちんとしていると思う。だが、それ故に本作のストーリーは筆者にはかなりぶっ飛んだものとして映ってしまった。

もともとBLや少女漫画は"ファンタジー"だ。セリフにしても、行動の一つひとつにしても、イラストや文字で描き出されているからこそ、読者自身が脳内で補完して違和感なく受け入れられるものなのだ。それをそのまま実写映像化し、その通りに演じてしまったら、途端にリアリティーはなくなってしまう。しかもフジミシリーズは現代の日本が舞台なわけだからなおさらである。そこは本来、セリフなり演出なりでフォローすべきところなのだが。

ということで、本作でも「あーこれ、小説とか漫画だったらアリだったかもな。でも三次元ではちょっと……」という場面がたくさんあった。例えばレイプシーンとか、レイプされた悠季に楽団の女性が酷いことを言うシーンとかが印象に残っている。

女性が入り込む隙はあるのか

最後に皆さん気になっているだろう濡れ場の件だが、これは個人的には予想以上にがんばったなと思った。シーツに手を這わせたり、体を重ねたりしたところで暗転――みたいな小賢しいテクニックで逃げるのかと思いきや、きちんとキスシーンや愛撫、腰を打ち付けるシーンまできちんと再現。さらにモザイクの代わりにすりガラスを使うという徹底ぶりには感心してしまった。そして、ここまでの演技をOKした主演2人にも拍手を送りたい。

全体としてはふわっとした雰囲気で、詰めの甘さを感じる作品ではあるが、あの「富士見二丁目交響楽団シリーズ」を堂々と実写化したという点については評価できる。ストーリー的にはシリーズの本当にさわりのところまでしか進んでいないので、今後続編が制作されるのかどうかにも注目したい。

『富士見二丁目交響楽団シリーズ 寒冷前線コンダクター』は渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー。

(C)2012秋月こお/角川書店・富士見二丁目交響楽団シリーズ製作委員会

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