宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、米プリンストン大学、東京大学、米ノースイースタン大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)、芝浦工業大学(芝工大)、理化学研究所(理研)と共同で、「液体シリコンの特異な電子構造」の解明に成功したことを発表した。同成果は、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟へ搭載するためにJAXAにおいて開発を進めてきた静電浮遊溶解装置をSPring-8 へ設置し、液体シリコンの電子構造を調べる実験を行うことにより得られた結果で、JAXAの岡田純平助教、石川毅彦教授、東京大学 渡辺康裕助手、木村薫教授、七尾進名誉教授、プリンストン大学 P.-H. Sit博士、ノースイースタン大学B.-A.Bernardo博士、A. Bansil教授、JASR 櫻井吉晴副主席研究員、伊藤真義副主幹研究員、芝工大 正木匡彦准教授、理研 播磨研究所 石川哲也所長らのグループによるもので、米国物理学会誌「Physical Review Letters」に掲載される。

半導体材料として広く使われているシリコンは、溶けると金属になり、電気がよく流れるようになる。溶けるだけで性質を大きく変化させる物質は珍しく、そのため液体シリコンは、応用面からだけでなく学術的観点からも長年にわたって研究が行われてきた。

最近の理論研究により、液体シリコンの温度を下げ、融点1683K(1410℃)よりも約450K低い状態にすると、高温の液体シリコンとは性質のまったく異なる未知の相が出現するであろうという興味深い予測がなされていた。通常、1000℃を超えるような高温の液体金属中では、原子は激しく運動し、原子間の結合はどこでも同じであると考えられていたが、この理論によれば、液体シリコンの温度を1232Kまで下げると、マクロに見て金属結合が集まった密度の高い領域と共有結合が集まった密度の低い領域に分かれる(液体-液体相転移)とされている。

もしも、このようなシリコンの未知の液体状態の存在が明らかになれば、これまでの液体シリコン(金属)と結晶シリコン(半導体)の間に介在する大きなギャップを埋めることができることになり、これは、液体シリコンから結晶を成長させるとき、固-液界面でどのようなことが起きているかを原子レベルで理解する上で重要な意味を持つこととなり、従来以上に純良なシリコン単結晶を育成するための手掛かりとなる可能性が出てくる。

しかし、これまでは大きく2つの理由からこの未知相の存在に関しては懐疑的な見方がされていた。1つ目の理由は金属液体シリコン中に共有結合が本当に存在しているのか、ということ。液体シリコンの液体-液体相転移を予測している理論は、液体シリコンの中に金属結合と共有結合が共存することを前提としている。だが、これまでに報告された液体シリコンの電子物性に関する実験(光電子分光などの実験)ではシリコンの未知相を予測した理論の前提条件である共有結合の存在が確認されていなかった。

2つ目は、液体を融点よりも450K以上冷やすことが困難であるということ。液体は融点よりも低い温度になると固まる性質を持つ。水を静かに冷やすと273K(0℃)以下でも固まらないことが知られており(過冷却状態)、液体を過冷却状態で保持することは技術的に可能であるものの、融点より450Kも冷やすことは困難であり、この理由のため、液体シリコンの未知相の観測に成功した例はなかった。

図1 (a)固体シリコンの結晶構造。共有結合により原子が結びつく。(b)液体シリコンの原子配置。原子はランダムに配列し、その間を電子が動き回る(金属結合)と考えられてきた

今回、研究グループは、液体シリコン中に共有結合が実際に存在するかどうかを実験的に検証するため、シリコンをクリーンな状態で安定に溶融することが可能な静電浮遊溶解装置を大型放射光施設SPring-8のビームラインBL08Wへ設置し、融点よりも高い1787Kに保持した液体シリコンのコンプトン散乱測定を行い、電子状態を調査した。

図2 静電浮遊法を用いて浮遊させた金属球。コンプトン散乱実験用の放射光X線(SPring-8)を矢印で表している

第一原理計算を行い、実験結果を詳細に解析した結果、液体シリコン中の原子間の結合は半導体的な部分と金属的な部分がミクロに入り交じった特異な状態となっていることが確認されたほか、ワニエ関数解析によって、共有結合の割合が17%以上であることが判明した。これは、液体シリコン中の共有結合の存在を実験的に捉えた初めての結果であるという。

図3 今回の研究で明らかになった液体シリコン中の原子配置と電子分布。シリコン原子(黄球)、共有結合を作る電子対(緑球)、金属結合を作る電子対(青球)、共有結合と金属結合の中間状態にある電子対(赤玉)を表している

この結果により、今後シリコンの未知相を作り出すための研究が加速されると考えられると研究グループでは説明している。すでに研究グループでは、シリコンの未知相を出現させるための実験を進めている段階だという。

また、静電浮遊溶解装置は、液体試料を保持する容器が要らないため、容器に起因する結晶核が発生せず、過冷却状態を実現する最良の環境を提供することが可能で、実際に理論的に予想されている温度までわずかとなる1250Kの大過冷却状態を実現しており、今後、シリコンの未知相の創出に向けた実験を進めていく予定だとしている。

なお、今回の研究成果は半導体製造に用いられるウェハの大口径化へも影響を与えるものだという。というのも、液体シリコンのような高温の液体からの結晶成長プロセスの研究には、計算機シミュレーションが用いられているが、その際、液体シリコン中にある割合で共有結合が存在すると仮定して計算が行われていた。今回の研究結果から、共有結合の存在が確認されたほか、その割合が17%と定量的に求められており、この情報をもとにすることで、計算手法の精密化が進むこととなり、大口径シリコンウエハの製造の容易化が進むことが期待されるという。