東京大学は、東北地方太平洋沖地震のおよそ1カ月間に発生した地震活動を解析した結果、本震の破壊開始点へ向かう「ゆっくりすべり」の伝播が、ほぼ同じ領域で2度にわたって起きていたことを明らかにしたと発表した。研究は、東京大学地震研究所の加藤愛太郎助教らの研究グループによるもので、成果は「Science」に掲載された。

いくつかの大きな地震前には、小さな地震の活動が先行することが報告されている。この地震活動を前震活動というが、前震活動から本震発生に至る地震活動の推移については未解明な部分も多く、まだ良くわかっていない状況だ。

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の場合、本震発生までの約1カ月間に、最大マグニチュードM7.3の地震を含む前震活動が本震周辺で起きていたことが、気象庁等から報告されている(画像1)。

画像1。前震活動と本震との位置関係。白色・黄色の○印:基準地震に用いた気象庁カタログの震央、赤色☆印:気象庁カタログに含まれる小繰り返し地震の震央。右上の挿入図は、先行研究による本震時のすべり量分布を示す。基準線と原点は、図2の縦軸の方向を表す

前震活動の中には、ノイズとの識別が困難であったり、活発な地震活動による複雑な観測波形の間に「埋もれて」しまい気象庁が報告した地震のリスト(気象庁カタログ)に含まれなかったりした微小地震が多数存在している。

そこで研究グループは、震源域に近接する基盤的地震観測網によって記録された連続波形データに着目。地震波形との相互相関解析を施すことで、気象庁カタログに含まれていない多数の微小地震を検出し、新たな震源カタログを構築した次第だ。合計1416個あり、その内で気象庁によるものは333個である。つまり、気象庁カタログ内に含まれる前震の1つひとつを基準地震として、それぞれの基準地震に類似した波形を、連続波形データから検索したことに相当するというわけである。

新たに構築した地震カタログを詳しく分析することで、本震の破壊開始点へ向かう震源移動が、ほぼ同じ領域(画像2のEMZ(Earthquake Migration Zone:地震活動移動領域))で、2度にわたり起きていたことが判明。

1度目の移動は、2月中旬から2月末まで継続し、その移動速度は1日あたり2~5kmだった(画像2)。2度目の移動は、3月9日に記録されたM7.3という最大前震の発生後に見られた。その移動速度は1日あたり平均約10kmで、移動速度は前震M7.3の発生後から徐々に減速している。

画像2。検出された地震の時空間分布。縦軸は、海溝軸に平行な距離(画像1参照)を示す。赤い破線は、震源移動のフロントの位置を表す。赤い☆印:気象庁カタログ内の小繰り返し地震、緑☆印:小繰り返し地震に類似したイベント

地震活動度に注目すると、EMZの北側(M7.3の震源よりも北側)では、M7.3発生直後から活発な活動を示し、余震活動の経験則である「改良大森公式」(時間とともに余震の数が減衰する法則のことで、時間の経過に反比例して減少するのが大森公式で、それを一般化した式を改良大森公式という)に従って時間とともに減少したが、EMZ内では地震活動は約1日の遅れを伴って最大になった。

2度にわたる震源移動を示す地震活動には、「小繰り返し地震」が含まれていることも確認。小繰り返し地震とは波形がほぼ同じ地震においてプレート境界上の微小な固着部分(パッチ)が繰り返しすべる現象のことをいい、パッチ周辺の準静的なすべりの指標となる。

このことから、震源の移動は、本震の破壊開始点へ向かうプレート境界面上の「ゆっくりすべり」の伝播を意味していることが判明。ゆっくりすべりにより、約M7.1に相当する地震モーメントが解放されたと考えられ、この伝播速度(2~10km/日)は、西南日本のフィリピン海プレート上面で観察されるスロースリップイベントの伝播速度とも、概ね一致する形だという。

東北地方太平洋沖地震前に生じた2度にわたる「ゆっくりすべりの伝播」が、本震の破壊開始点へ力の集中を引き起こし、本震発生を促した可能性が今回の研究によって初めて示された結果となった(画像3)。

画像3。ゆっくりすべりの伝播の概念図

1度目に比べて、2度目のゆっくりすべりの伝播速度、すべり量、すべり速度はいずれも増加しており、2度目のゆっくりすべりがより効果的に、本震の破壊開始点へ力を集中させていたと考えられると研究グループでは説明しており、今回の研究から巨大地震発生に至るプレート境界でのすべりの挙動(地震の直前過程)に関する知見を深める上で、とても重要な成果が得られたとしている。