情報通信研究機構(NICT)は、ナノレベル構造の半導体量子ドットを活用し、現在、光情報通信で利用されていない波長を含む帯域において、多くの波長の光を高精度に生成する光源の開発に成功したこと、および同光源とフォトニック結晶ファイバを利用した光伝送実験に成功し、光情報通信における新たな波長帯域利用の可能性を実証したことを発表した。同成果は、米国光学会出版の「Optics Express」に掲載された。

現在の光ファイバ通信では、光信号の減衰やデータの歪みが少ない、波長1.55μm帯の10THzほどの帯域が利用されている。この波長帯で効率的に光信号を利用するための研究開発は進められているが、将来の超高速・大容量光情報通信を実現するには、このような対策だけでは不十分で、周波数資源不足が問題となっている。

NICTでは、これまで光周波数資源の新たな開拓とその効率的利用に関する研究として、広帯域ではあるものの伝送や光発生が難しく、実用化に至っていない光周波数帯域を有効に活用するフォトニクス基盤技術研究を実施してきており、今回の成果もその1つとなる。

図1 光通信に割り振られたバンド名と光周波数(波長)帯域の関係。現在、光情報通信帯域として、波長1.55μm帯のCバンドやLバンド(約10THz)が最も広く利用されているが、これに対し、今回の研究で注目した波長1.0~1.3μm帯のTバンドやOバンドでは、広大な光周波数帯域(約70THz)が期待される

今回の研究では、波長1.0~1.3μm帯で動作する光増幅材料として半導体量子ドットを活用し、広帯域な波長の可変性と、光周波数の効率的利用につながる高い光周波数の安定性を併せ持つ量子ドット光源を開発。

図2 今回開発した量子ドット光源。(a)は「高品質量子ドットを光増幅材料として用いた光源の外観図」 、(b)は「開発した量子ドット光源の波長可変特性の一例」。低コスト・大面積のGaAs半導体基板上の量子ドットとして、波長1300nm超を達成し、広帯域の波長可変特性と光周波数の効率的利用につながる高い光周波数安定性を実現した

この光源の要となる量子ドット材料の開発には、原子オーダー(サブナノレベル)で結晶構造を制御するために、NICT独自の「サブナノ層間分離技術」を用い、量子ドットの高品質化と従来比2倍ほどの高密度化を達成したという。

図3 サブナノ層間分離技術。(a)は「サブナノ層間分離技術の断面模式図」、(b)の左図は「従来技術により作製された量子ドット構造」、同右図は「今回開発した新技術による高品質量子ドット構造」、そして(c)は今回開発された広帯域波長可変・狭線幅量子ドット光源に組み込まれた「光増幅デバイスの外観」。独自開発の「サブナノ層間分離技術」は、原子オーダーの結晶を量子ドットと量子井戸の間に挟む構造を持つ。量子ドット構造は、従来、結晶品質や光増幅特性の劣化につながる巨大な凝集構造が多数発生していた(b左図)が、今回開発した技術により、およそ倍以上の高密度・高品質の半導体の作製に成功した(b右図)

また、この光源と超広帯域光伝搬特性を有するフォトニック結晶ファイバを組み合わせた高速光データ伝送サブシステムの構築とエラーフリー光データ伝送に成功しており、これにより光情報通信における新しい波長帯域利用の可能性を示す結果も得ている。

図4 高速光データ伝送サブシステム。(a)と(b)という2つのコンポーネントを組み合わせて光伝送サブシステムを構築することで、光情報通信ネットワークに利用可能な光周波数帯域の拡大に貢献できる可能性が実証された

今回の成果は、量子ドットやフォトニック結晶ファイバなどのナノテクノロジを光ネットワークコンポーネントの基盤技術に活用することで、光情報通信に利用可能な光周波数資源の拡大や、光周波数の効率的利用による技術革新が期待されることを示すものである。また、この1.0~1.3μm帯の波長帯域は、人体の皮膚や水分の透過性が優れていることから、バイオイメージングや医療センシングなど、より身近な利用も期待されるという。

なお、今回開発された「量子ドット光源」に関しては、光伸光学工業およびセブンシックスがプロトタイプの装置の作製を担当しており、NICTでは製品化に向けた技術移転展開を検討しているとしている。