東京大学(東大)などの研究グループは、マルチフェロイックスと呼ばれる磁石の性質(磁性)と分極(強誘電性)が共存する物質に光をあてたときに、光の進行方向を反転させると、光の吸収量が変化する方向2色性という効果が巨大になることを発見した。同成果は、東大大学院工学系研究科の十倉好紀 教授と科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「十倉マルチフェロイックスプロジェクト」の高橋陽太郎 研究員らによるもので、英国科学雑誌「Nature Physics」に掲載された。

光や電波などは、振動する電場と磁場から成っている。通常はこの電場、磁場のどちらか一方が物質に作用することで光学応答が起こるが、光の電場と磁場が同時に物質に作用すると、通常の光学を超えた効果が起こることが期待されている。こうした効果を大きくするためには、電気磁気効果と呼ばれる電気分極と磁化の間の相互作用を強くする必要がある。十倉教授らの研究グループはすでに2003年に「マルチフェロイックス」と呼ばれる物質群を発見、同物質群では電気分極と磁化が物質中で強く結びついているため、大きな電気磁気効果を発現することが可能で、この効果を動的な過程に拡張すると、例えば磁化の振動が同時に電気分極の振動を伴い、このような励起状態は「エレクトロマグノン」と呼ばれ、近年研究が活発化している。

エレクトロマグノンが、光の電場と磁場に同時に応答することが可能になると、光領域の電気磁気効果の一例として、光の進行方向によって物質そのものの光の透過率が変化するという性質、つまり方向2色性が現れるため、こうした電気分極と磁化の強い結びつきを利用した物質の新規機能を開拓することが期待されるようになってきていた。

今回の研究では、代表的なマルチフェロイックス物質であるマンガン酸化物Eu0.55Y0.45MnO3において、新しいエレクトロマグノンを観測した。このエレクトロマグノンは強誘電分極の振動と、それと強く結びついた磁化の振動から成っており、ギガヘルツからテラヘルツの周波数帯に現れる。

こうした励起状態の存在は、近年新たなマルチフェロイックス物質が発見されたことにより理論的に予言されていたが、これまで実験的には観測されておらず、今回の発見により、エレクトロマグノンが広くさまざまなマルチフェロイックス物質に共通して存在していることが示されたこととなる。

物質中で強誘電分極と磁化が図1のように直交すると、両者に対して垂直に進む光は、進行方向の左右の違いでそれぞれ透過率が異なる不思議な応答を示す。このような条件下で今回発見したエレクトロマグノンによる光の吸収を観測すると、対向する光の間で2倍以上の吸収係数の差を持つ巨大な方向2色性が観測されたという。

図1 方向2色性。光の方向が反転すると物質の吸収率が変化する現象。物質に強誘電分極と磁化が共存し、それぞれが直交した時、図のように両者に垂直に進行する光の応答は、光の進行方向によって変化する。上の例では、左側に進む光は物質中で磁化と強誘電分極の振動を引き起こし吸収されるが、右に進む光は吸収されずそのまま透過する

この方向2色性は強誘電分極、磁化の方向のどちらか一方を反転させることで、その光透過率の方向依存性が入れ替わる。これは、電気磁気効果と呼ばれる現象(物質中で磁化と電気分極が相互作用する現象)によって説明ができる。通常の電気磁気効果は静的な分極と磁性の間の現象として観測されるが、今回の研究で発見されたエレクトロマグノンは、マルチフェロイックスに特有の巨大な電気磁気効果をギガヘルツからテラヘルツ帯での高速運動を示す動的過程に拡張したものであるということができるという。

図2 エレクトロマグノンの方向2色性のスペクトル。図はテラヘルツ領域のスペクトルで、物質の吸収の強さを表している。これは温度が摂氏-269度、磁場の大きさが7万ガウスで測定されたもので、図中に2つのピークがある。0.6テラヘルツのピークは反強磁性共鳴と呼ばれるもので、光の磁場成分にのみ応答する励起状態。0.2テラヘルツに位置するのがエレクトロマグノンで光の電場と磁場両方に応答する励起状態。このエレクトロマグノンでは吸収の大きさが、光の進行方向に応じて大きく変化しているのが分かる

なお、研究グループでは今後、今回の研究で見いだされたエレクトロマグノンを広く多くのマルチフェロイックス物質で観測することで、ギガヘルツからテラヘルツ帯の新しい光学素子としての可能性を開拓していく計画とするほか、光領域の電気磁気効果には、さらに新たな機能性を持った現象が期待されることから、今回発見された巨大な電気磁気効果を用いて、新規で特異な光学現象の探索を行っていくとしている。