2011年3月11日の福島第一原子力発電所(福島第一)の事故後に大気中に放出されたセシウム137による日本全国の汚染状況について、日米とノルウェーの研究者らが世界で初めてシミュレーションによる解析結果をまとめた。

これは、米大学宇宙研究協会(USRA:Univercity Space Reseach Association)の安成哲平客員研究員、ノルウェー気流研究所(NILU:Norsk Institutt for luftforskning)のAndreas Stohlらの研究チームと、東京大学理学部の早野龍五教授、名古屋大学地水循環研究センターの安成哲三教授が、ボランティア的国際共同研究として実施したもの。研究成果は、2011年11月14日の週の「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Science of the USA:PNAS)」のEarly Edition版に論文として掲載される。

放射性物質の中でも、セシウム137は半減期が30.1年と長いことから、土壌汚染の長期化が懸念されている。現在、文部科学省(文科省)でも航空観測や現地観測などで観測地域を徐々に拡大しているが、日本全国の汚染状況の把握にはしばらく時間がかかると予想される。そのため、大気中の輸送・沈着を考慮できる数値シミュレーションと、文科省による定時降下物の観測結果の両者を用いて、日本全国の汚染分布状況の見積もりを行なったという。

3月20日から4月19日までを解析期間として、福島第一から放出されたセシウム137の沈着量と土壌汚染を見積もった結果、この期間中に日本列島に沈着したセシウム137は、積算で1Pベクレル(1000Tベクレル)以上に達したとする。また、セシウム137の汚染は福島周辺域に特に広がっており、これまでの文科省の観測結果などとも整合的であるという。

一方、北日本や西日本へも、福島周辺域に比べ原発からの輸送量自体は相対的に少ないものの、セシウム137が沈着している可能性があることも明らかになった。西日本への汚染程度は東日本に比べ低いが、これは日本中部の山岳地域がいわば"盾"となり、福島第一からの汚染大気が直接に西日本へ流れるのを防いだためと考えられるという。しかし西日本で汚染が低い中でも、標高の高い場所では相対的に汚染が高いことがあり得る、という結果も得られた。これは湿性沈着(降水・降雪・霧など水分を媒体にした沈着)を好むと考えられるセシウム137が地形性降雨の影響を受けたためだという。

図1 解析期間中(3月20日から4月19日)のセシウム137の積算沈着量分布。各都道府県の黒いボックスは定時降下物の測定地点を示す。宮城県の観測点においては解析期間中に定時降下物の観測がないため、大気中放射線量の観測点がプロットされている

研究チームではさらに、見積もったセシウム137の積算沈着量に過去の観測データを元にした経験的換算係数を用いて、日本全国の土壌汚染見積もりも行なった。

この研究結果は数値シミュレーションの相対沈着比と定時降下物の観測値を使って絶対値へ換算したもので、広域において観測値を比較的よく反映した汚染分布と考えられるという。

ただし、単一の大気輸送モデルの空間沈着分布に頼っていること、水平解像度が緯度経度0.2度でそれより細かい議論が一切できないこと、福島第一に近い場所の観測データがなく、欠測日もあること、モデル自体の不確定要素や観測値の測定における誤差などもあるため、この結果は日本全国各地の汚染状況をただちに保障するものではない、と強調している。

実際、解析期間において、宮城県(観測なし)、福島・山形県(欠測日あり)なども絶対値の見積もり誤差に影響を与えていると考えられるという。また、解析期間より前の沈着量を考慮できていないため、地域によっては原発事故後の実際の総沈着量はこの研究の見積もりより多い可能性もあるという。

図2 セシウム137の全国の土壌中濃度分布。3月20日より前の沈着量もある程度反映したと考えられる場合の汚染見積もりの図(解析期間に対しては過大見積もりのケース)

今回の研究結果は、現在まだセシウム137の土壌観測が行なわれていない地域における今後の詳細観測計画の検討や、すでに詳細観測が得られている地域のデータ(航空機観測や土壌観測など)と比較するための基礎資料としてのみ使用可能で、それ以上の議論を目的とはしていない、とのこと。

そのため、研究者らは「この結果のみを信じて風評被害を生むような間違った使い方は決してされないように」と強く注意を促している。

また、研究者らは今回の研究結果と示唆される問題点を踏まえ、以下のような今後の方策も提案している。

  1. この研究結果やこれまでの観測データを合わせて活用し、汚染の激しい場所は優先的に除染を行なうこと
  2. 福島周辺だけでなく、どの都道府県においても土壌サンプル中のセシウム137の測定をさらに強化(観測により本当に汚染が少ないか検証)すること
  3. 各都道府県での定期的な土壌観測を長期継続し、データを蓄積することで、国内全体でのセシウム汚染の長期変化も把握しながら除染計画を実施して欲しい
  4. 今後、様々な観測結果やシミュレーション結果の比較・検証・モデル入力などに本研究結果の有効活用して欲しい

図3 日本の標高と山地・山脈名。Merged IBCAO ETOPO5 Golobal Topographic Data Productの標高データを使用