自然科学研究機構国立天文台と東京大学は11月1日、くじら座の方向にある「すばる/XMM-Newton深宇宙探査領域」(SXDF)において、これまでに確認されていた初期宇宙(約90~120億年前)の「爆発的星形成銀河」(モンスター銀河)の10倍以上明るい「超モンスター銀河」ともいえる銀河を発見したと発表した(画像1)。これまで、東京大学と国立天文台が共同運用しているサブミリ波望遠鏡ASTE(アステ)を用いた観測では、約1000個のモンスター銀河を発見してきたが、今回の銀河はその頂点に君臨するモンスター銀河の王ということで、八岐大蛇(やまたのおろち)にちなんで「オロチ」と命名された。

画像1。可視光、赤外線、サブミリ波、電波で見たオロチ。中心 にあるのがオロチ。可視光、赤外線で見えているものと(下段)サブミリ波、電波で見えているもの(上段)は奥行き方向で 違う場所に存在していると考えられている

発見は、国立天文台の伊王野大介助教や東大の河野孝太郎教授らが率いる日米英メキシコの国際共同研究チームによるもので、両社がチリ・アンデス山脈のアタカマ砂漠で共同運用している口径10mのサブミリ波望遠鏡「アステ」で観測。今回の成果は、英専門雑誌「Monthly Notices of the Royal Astronomical Society」に11月1日に掲載された。

モンスター銀河とは、太陽と同程度の質量の恒星をわずか1年の間に500~1000個も生み出していたと考えられている、90~120億年前の初期宇宙に数多く存在したと考えられている、現在では珍しい銀河種族だ。この恒星が生み出される速度は、地球が属する天の川銀河の数百倍のスピードである(天の川銀河は1年間で太陽2~3個)。

また、モンスター銀河は厚いチリに覆われているのが特徴で、可視光などでは非常に暗く、遠赤外線やサブミリ波の領域で非常に明るいという性質を持つ。こうしたモンスター銀河は、現在の宇宙に存在する巨大ブラックホールを持つ巨大銀河に進化するのではないかと考えられている。

モンスター銀河を調べるには、宇宙を広く深く観察することが必要であることから、研究チームはSXDFを選択。SXDFは日英が中心となって初期宇宙の調査を行っている領域だ。すばる望遠鏡による可視光および近赤外、欧州のX線観測衛星「XMM-Newton」、イギリスの赤外線望遠鏡、スピッツァー宇宙望遠鏡、超大型干渉電波望遠鏡群「VLA」などによって調査が行われている(画像2)。

画像2。すばる望遠鏡に搭載されている広視野カメラ「Suprime-Cam」によるSXDF領域の可視光の3色合成画像

研究チームは、アステ望遠鏡に搭載されている「アズテックカメラ」を用いて、SXDFにおけるモンスター銀河の探査を実施した。それにより、今までにない数のモンスター銀河を同領域で見つけることに成功した。その中に、サブミリ波で通常のモンスター銀河と比べて10倍以上の明るさを持つ天体があったのである。

そしてすばる望遠鏡の可視光画像などを用いて検証したところ、同天体は近傍の宇宙に存在するものではなく、遠方の初期宇宙のものであることが判明。しかし、本当に初期宇宙にこのようなサブミリ波を出す超モンスター銀河があったとすると、1年間に太陽質量の恒星で1万個以上を生成している未だかつて知られていない超巨大星形成銀河であることがわかり、オロチと命名されるに至ったというわけである(画像3)。

画像3。 超モンスター銀河の位置づけの概念図。天の川銀河は1年間で太陽2~3個分の星しか作らない。それに対してサブミリ波で明るいモンスター銀河は1年間で太陽1000個分ほどの星を作ると考えられている。今回発見したオロチはさらにその10倍以上と考えられている

研究チームは米国の2台のサブミリ波干渉計「SMA」と「CARMA」を用いてオロチの正確な位置測定に成功。これにより、オロチがほかの波長で撮影された画像で検出されていることが調べられるのだが、その結果、オロチの膨大な星形成に関係している星形成領域を包んでいると考えられる濃いチリ(暗黒星雲)に由来するマイクロ波はもちろん、オロチの星からの光に由来するであろう近赤外線や可視光でも検出された(画像4)。

画像4。アステ望遠鏡により得られたSXDF領域のサブミリ波の画像(右)、オロチ周辺のすばる望遠鏡による可視光画像(左上)、オロチ周辺のSMAによるサブミリ波の高解像度画像(左下)。アステ望遠鏡で得られた画像を見ると、実はオロチのほかにもサブミリ波で明るいモンスター銀河が多数写っているが、オロチのせいで霞んでしまっている。米国サブミリ波干渉計SMAによる画像は膨大な星形成をしていると期待される星生成領域からのサブミリ波の来た方向、オロチの正確な位置を指し示している。すばる望遠鏡による可視光の画像を見ると同じ位置に赤い銀河があることが見られる

研究チームはオロチの距離を正確に測定するため、米カリフォルニア工科大学サブミリ波望遠鏡を用いて、オロチからの一酸化炭素の輝線探査を実施。赤方偏移による輝線の波長のズレを調べたところ、一酸化炭素の輝線自体を検出することはできなかったが、波長1000から1500μmにかけて連続的にデータを得ることができ、また一酸化炭素の輝線への制限を与えることができた。

サブミリ波、ミリ波、マイクロ波のデータを詳細に調べたところ、オロチの電磁波はおよそ118億光年の彼方から届いていることが判明。さらに可視光や近赤外線のデータも詳細に調べた結果、手前のおよそ90億光年のところにもう1つ銀河が存在することが明らかとなった。これらの事実は、同一線上に2つの天体が並ぶことにより起こる「重力レンズ効果」である可能性を示しており、オロチが通常のモンスター銀河の10倍以上も明るく輝いている理由が推察されたというわけである(画像5)。

画像5。別の距離にある2つの天体が視線方向上にほぼ重なるとき、手前の天体の重力がレンズとして働き、奥にいる天体からの光を増光する可能性があります。今回発見した超モンスター銀河オロチは、実は手前にいる銀河の重力で増光された星形成銀河の可能性が高いという結果となった

初期宇宙に観測されるモンスター銀河は現在の宇宙に存在する巨大楕円銀河や巨大ブラックホールの祖先に当たると考えられている。これら巨大楕円銀河などがどのようにして形成されたのかは、宇宙の構造形成を考える上で非常に重要だ。

もし本当に超モンスター銀河に区分されるような、1年間に太陽1万個分を超えるような星形成をしている銀河種族がいたとすれば、それは今まで天文学者が考えていなかった新しい銀河進化のプロセスの発見につながるという。今回は重力レンズ効果による増光である可能性が高いと考えられるが、今後、増光の度合いを詳しく調べることで、そうした新しい銀河進化プロセスの発見につながる可能性もあるとした。

また、オロチは重力レンズ効果によって増光されているとしたら、それはそれで結果的にオロチの観測によって、本来なら既存の観測装置では暗すぎて不可能だった天体の研究が可能になることを意味するという。そうした点でも、オロチは初期宇宙での星形成を詳細に調べる腕非常に重要な観測・研究対象となると期待されている。

さらに、稼働を開始したアルマ望遠鏡による詳細な観測も近々実施される予定だ。今回オロチに用いた観測手法は、新時代の性能を持つアルマ望遠鏡によってオロチよりもサブミリ波観測において暗いモンスター銀河にも適用でき、初期宇宙の爆発的星形成の現場を明らかにしていくとしている。