自然科学研究機構・生理学研究所(NIPS)の窪田芳之准教授らの研究チームは、脳の神経細胞がほかの神経細胞から信号を受け取る突起構造の特徴を電子顕微鏡技術を駆使し、神経細胞は突起の形状によって「遠い信号はより受け取りやすく、近くの信号はそれなりに」均一化されて受けとることができる仕組みを持っていることを明らかにした。同成果は「Nature」の姉妹誌「Scientific Reports」(電子版)に掲載された。

今回、研究チームが注目したのは、脳の大脳皮質にある4種類の神経細胞(大脳皮質の非錐体細胞)。神経細胞は「樹状突起」と呼ばれる突起で他の神経細胞から信号を受け取るが、この樹状突起の正確な構造を、NIPSが有する連続切片・透過型電子顕微鏡(TEM)技術と、ドイツとの共同研究の成果である新型の集束イオンビーム-走査型電子顕微鏡装置(FIB-SEMクロスビーム装置)による電子顕微鏡技術を活用することで連続的な撮影を行い、その3D立体構造を正確にコンピュータ上で再構築した。この結果、樹状突起の形状にはいくつかの普遍的な規則(普遍ルール)があり、遠くの信号を伝える樹状突起はより太く、より信号を伝えやすいように工夫されていることが判明した。

4種類の神経細胞の形と電子顕微鏡技術による3D立体画像構築。脳の大脳皮質の4種類の神経細胞(非錐体神経細胞)の連続的な電子顕微鏡写真から、コンピュータ上で正確に樹状突起の微細構造を3D立体画像として再構築することに成功した

今回発見された樹状突起の太さの「普遍ルール」は以下の3点。

  1. 樹状突起の太さは、先端方向にあるすべての樹状突起の長さの総和に比例する。「長ければ長いほど太い」
  2. 樹状突起の分岐部で、親樹状突起の断面積は2つの娘樹状突起の断面積の和になる。「分岐すると約半分の太さに」
  3. 樹状突起の断面は正円ではなくていびつな楕円形である

樹状突起の微細構造(360度回転画像とステレオグラム)。1μmよりも細かい解像度で3D立体構築することで、微細な樹状突起の太さの違いなど、突起の形状の詳細を明らかにした。下の図は、ステレオグラムになっており、左の絵を右目、右の絵を左目で見る交差法を使うことで、手前側に飛び出して立体に見えるという

窪田教授は今回の電子顕微鏡による立体再構築技術について、「ほかの神経細胞に応用することもできる。例えば、統合失調症、自閉症、うつ病、老年性痴呆症などをはじめとする各種の脳変性疾患によって樹状突起の微細な形状がどのように変化するのか分かれば、その病態解明にも貢献する可能性が考えられる」と期待をよせている。

遠くても近くても、神経細胞が受け取る信号の大きさは均一化される。 「普遍ルール」により、遠くの電気信号を受けとる樹状突起はより太くなっていた。樹状突起が太くなるほど抵抗が低くなり、信号が伝わりやすくなる結果、「遠くの信号はより受け取りやすく、近くの信号はそれなりに」均一化されて受け取る仕組みとなり、神経細胞の細胞体ではほとんど同じ大きさの信号となることが判明した

なお、2011年11月5日に行われる生理学研究所の一般公開において、今回の電子顕微鏡技術で明らかにした樹状突起の微細構造の3D立体画像が土産として来場者に配られる予定だという。