国立天文台と宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究チームは9月8日、地球から約5440万光年の彼方にある「おとめ座A(M87)銀河」に潜む巨大ブラックホールの位置を正確に突き止めることに成功したことを発表した。

同成果は総合研究大学院大学物理科学研究科天文科学専攻・博士課程3年/国立天文台水沢VLBI観測所の秦和弘氏、宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所・助教/総合研究大学院大学の土居明広氏、国立天文台水沢VLBI観測所・研究員の紀基樹氏、国立天文台ALMA推進室・研究員の永井洋氏、国立天文台水沢VLBI観測所・助教/総合研究大学院大学の萩原喜昭氏、国立天文台水沢VLBI観測所・教授/総合研究大学院大学の川口則幸氏によるもので、2011年9月8日発行の英国科学誌「Nature」に掲載された。

銀河の中心には巨大なブラックホールが存在し、その姿をシミュレーションとして描き出すことは可能だが、実際には高密度・高重力場であり、光でさえも脱出できないことから、直接、その姿を撮像することはこれまでできなかった。

宇宙には数多くのブラックホールの候補となる天体があるが、実際にそれがブラックホールであるということを直接観測した例はない((C)国立天文台)

また、ブラックホールは莫大なエネルギーを宇宙空間へと運ぶプラズマの流れ「ジェット」を噴出していることが知られており、その(シンクロトロン放射による)ジェットの噴出口に付近にブラックホールが潜むと考えられているが、ジェットの噴出口付近では電波が吸収されてしまうため、これまでブラックホールの居場所を正確に突きとめる手段がなかった。今回、研究チームでは、ブラックホールのごく近傍まで測定できる技術を開発することで、ブラックホールの位置が、ジェットの根元からブラックホール直径の7倍程度であることを突き止めた。

宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究所・助教/総合研究大学院大学の土居明広氏

その精度の向上具合について土居氏は「例えば今までの観測では東京ドームに行こうと思い、その場所を調べていただけだが、今回の技術を用いると、座席の位置まで特定できるところまで精度が向上した」と説明する。

ブラックホールは観測として確認されたことはないが、候補天体はたくさんある。超巨大ブラックホールは、銀河宇宙の中で、それぞれの中心に1つはあることが判明している。その内半分が活動していて、その1/5が大規模ジェットを噴出している。

今回観測を行ったおとめ座Aは地球から比較的近いがブラックホールの質量は宇宙最大クラスであり、撮像の最有力候補と言われている。ブラックホールとその周辺は「ブラックホール」、「降着円盤」、そして外側に吹き出す「ジェット」の3つの要素で構成されており、それらの撮像に用いられるのが「VLBI(超長基線電波干渉計:Very Long Baseline Interferometer)」である。VLBIは、地球各地に点在している電波望遠鏡を仮想的に接続して、1つの巨大望遠鏡として観測を行うもので、高い解像度と位置情報を実現でき、ハッブル宇宙望遠鏡と比べても100倍以上の精度を実現できる。

銀河の中心にはブラックホールが存在する。その中でも今回の観測対象となったおとめ座Aのブラックホールは約5440万光年と比較的近いながら、直径240天文単位、質量は太陽の60億倍と宇宙でも最大クラスのもので、電波観測が行いやすいという特長となっている((C)国立天文台)

しかし、ジェットはブラックホールからつながるように発せられている訳ではなく、ある途中(見かけの根元)から光って見える。これはブラックホールに近いところでは、シンクロトロン放射が吸収されてしまうため、単純な電波観測では位置の特定ができないためで、その結果、ブラックホールの位置についてはさまざまな憶測が出されており、例えば見かけの根元のごく近くであるとか、ジェットのかなり上流、ブラックホール直径の数百倍の地点、などと言われていた。

ジェットに対し電波観測を行うと、根元に行くほど明るく見え、見かけの根元が最も明るく見える。ただし、そこからブラックホールまでは逆にシンクロトロン放射が吸収されてしまうため見えない。そのため、見かけの根元とブラックホールの距離の関係がわからなかった((C)国立天文台)

総合研究大学院大学物理科学研究科天文科学専攻・博士課程3年/国立天文台水沢VLBI観測所の秦和弘氏。実は今回の発表論文が最初の論文だという

今回の実験は米国のVLBI観測ネットワーク「VLBA(Very-Long-Baseline-Array)」を用いて、ブラックホールの直接撮像を目指したもので、電波吸収の問題を克服し、位置測定を行うことに成功した。

「今回の成果は日本人のみ、しかもその中心はまだ大学院生というチームで成し遂げた。これは、日本の天文観測分野の研究が世界に向けて高いレベルにあるという誇りになると思う」と土居氏は胸を張る。

今回の研究チームは、2つの天体を同時に観測することで位置基準天体からの相対位置を測定する相対VLBIを、VLBAで実行可能な周波数すべて(2/5/8/15/22/43GHz)で行う「多周波相対VLBI」を考案し観測を行った。

「相対VLBIは日本の研究が得意としている観測手法だが、今回は周波数を多く用いたかったのでVLBAを使って観測を行った」(秦氏)と、VLBAを用いた理由を説明する。

相対VLBI法を多周波で行うことで、精度を向上させた。なお、実際のVLBAを用いた観測期間は予算が少ないため、12時間+12時間の2晩のみ。それでも観測可能であるという計算を秦氏が中心となって考え、実際の観測手法も同氏が中心となって考案したという

ジェットの見かけの根元。シンクロトロン放射は周波数が高くなるほど透過率が高くなるため、その位置がずれていく。理論的には上流に近づけば近づくほど、周波数に対するズレは小さくなっていき、やがてそれ以上上流に遡れない「収束地点」に到達、そこが実際のブラックホールの位置となる。

実際に43GHz帯で観測されたジェットの写真。これまでブラックホールの位置はこうした画像の形状から、推測して考えられていたという((C)国立天文台)

しかし、実際には収束地点に対し、位置がどのようにズレていくのかを測定する必要があるため、多くの周波数を用いて観測を実施したところ、見かけの根元の位置を約20マイクロ秒角にて測定することに成功した。これはブラックホール直径の2倍に相当する0.007光年に相当する精度だという。

周波数が上がっていくと、見かけの根元の位置が下方にズレていく。観測データと理論曲線がよく一致しており、観測結果の延長線上にブラックホールがあることが示される結果となった((C)国立天文台)

この結果、ブラックホールが見かけの根元からブラックホール直径にして7倍(0.02光年)の場所にあることが判明した。ブラックホール直径の10倍以内を直接観測することに成功したのは天文観測史上、初めてだという。

「この成果は、ブラックホールの直接観測に向けて大きな一歩。もう少し、透過率や解像度を増すことができれば、ブラックホールごく周辺を写真に収めることができることを示している」(秦氏)とのことで、サブミリ波を用いて200GHz以上の波長帯域による観測、しかも複数のサブミリ波望遠鏡をつなぐサブミリ波VLBI観測局を構築することができれば、ブラックホールのすぐ近くまで観測することができるようになるとの考えを示す。

実際に、科学者の間には、そうした動きも出てきており、将来的にはブラックホール(文字通りの「黒い穴」)の直接撮像も可能になるとしている。

今回、ブラックホール直径の10倍以内の領域を観測することにしたわけだが、サブミリ波VLBIが実用化されれば、理論曲線からは230GHzでブラックホール直径の3倍、800GHzまで行ければブラックホールそのものまで見通せるレベルに到達できると考えられるという。また、今回はブラックホールの観測ということがメインとなっているが、ジェットの発生原因なども不明で、おとめ座Aのジェットとほかのジェットが完全に同質とも言い難く、そうした意味では今回の観測はジェットの多様性の研究についても発展を促す可能性があるという((C)国立天文台)

動画
今回、観測されたおとめ座Aのブラックホールのイメージ映像((C)国立天文台/AND You Inc)(wmv形式 9.32MB 1分8秒)