開発された全自動2次元電気泳動装置

シャープ 研究開発本部 健康システム研究所と熊本大学大学院生命科学研究部の開発チームは、たんぱく質分子の混合物を全自動で分離できる装置を開発したことを発表した。

それぞれのたんぱく質分子が持つ物理的性質の違いを利用して分離する「たんぱく質2次元電気泳動法」の自動化に成功したもので、これにより従来の手作業で2日間かかっていた作業時間が、その10分の1である約100分に短縮することができるようになるほか、分析精度(分解能)も従来法の5倍、かつ再現性のよい結果を実現することができるようになるという。同装置および検査用の専用チップは、医療研究分野向けにシャープマニファクチャリングシステムが2011年9月から販売する。

ヒトの体内には、遺伝子をもとに作られた数万種類ものたんぱく質があるが、体調変化や疾病などは、これらのごくわずかな変化が引き金となって発生する。近年、たんぱく質の微細な変化を捉えて病気予防につなげる研究やその成果をデータベース化する「プロテオミクス」と呼ばれる研究が進められているが、この分野で従来から行われてきた2次元電気泳動法は操作が難しく、熟練した研究者が数日かけて作業しなければ、再現性のよい結果が得られなかった。

今回シャープらの研究チームは、2次元電気泳動法を完全自動化し、一度に数千種類のたんぱく質を100分もの短時間で精度よく分離する装置の開発に成功した。2次元電気泳動法は、各たんぱく質分子の持っている2つの物理的性質(等電点、分子量)の違いを利用して、たんぱく質の混合物を2次元的に分離する方法で、実際には、たんぱく質の混合物を特殊なゲルの中を通過させることで、分子量や等電点の違いで分離する。

1次元目の分離は、たんぱく質の持つ電気化学的性質の1つである等電点の違いを利用して行われ、細長い分離用ゲル上に、何種類ものたんぱく質が含まれる試料を置いて高電圧をかけると、それぞれの等電点の値に応じてたんぱく質が分離する。2次元目の分離は、たんぱく質の分子量の違いを利用して行うもので、1次元目の分離が完了した分離用ゲルを、長方形の2次元目ゲルの一辺に接続し、電圧をかけると、分子量に応じてたんぱく質を分離することができ、最終的には、矩形のゲルシート内に、分離された各たんぱく質を、それぞれ異なる点として確認することができるようになる。

従来法では、2次元電気泳動の一連の操作は全て手作業で行われていましたが、研究チームでは自動化における課題となっていた、変形し易く取り扱いが困難な分離ゲルの搬送機構と精密位置制御機構を開発し、自動化を実現することで高速化を図った。また1次元目電気泳動に高電圧を加えるための精密制御システムを開発し等電点の分離性能を改善。これらの技術開発により、分析試料等のセッティングをした後は、ボタン1つで2次元電気泳動の結果を得ることができるようになったほか、分離時間も100分へと短縮することに成功した。

2次元電気泳動法と全自動化

また、疾病などに関る重要な化学変化であるたんぱく質のリン酸化の有無を、リン酸分子ごとに分離可能な高分解能を実現。これらの性能向上に加えて、全作業を自動化したことで手作業による誤差がなくなり、各たんぱく質のスポット位置、スポット強度の再現性が向上しており、これらにより従来は困難であったサンプル間の定量的な比較を可能としたという。

全自動2次元電気泳動装置の内部機構図

さらに熊本大学大学院生命科学研究部の荒木令江准教授は、大型質量分析器や遺伝子発現解析装置を含む一連の生体分子解析装置群から得られる何十万という病態関連たんぱく質の情報を、同装置を用いて検証できることを証明した。これにより、多数の腫瘍サンプルを中心とした病態関連組織/細胞や体液のたんぱく質解析を行うことが可能となり、病態のマーカーや治療ターゲットの候補となる新しいたんぱく質の発現変化や化学修飾の情報を得ることができることが実証された。特に難しいとされた腫瘍組織からのたんぱく質調製法も確立され、腫瘍に関連したたんぱく質には、リン酸化や様々な化学修飾がおこっており、腫瘍の悪性化に関わっていること、また、これらのたんぱく質のスポット位置や量の変化パターンの個人差を解析し、特定の抗がん剤に対する「効きやすさ」を分析できることも明らかにした。

開発された装置を用いたビメンチンたんぱく質の分離。1次元目電気泳動において高電圧(~9000V)印加が可能であるため、短時間で高分解能分離結果を得ることが可能。疾病などに関わるたんぱく質のリン酸化シフト、N末端の切断が分離可能

加えて、同装置を用いて薬効メカニズムを解明することで、創薬にもつながる情報を得る事も可能であることも見出したという。

抗がん剤の感受性・非感受性を2次元電気泳動パターンで判断可能。脳腫瘍の治療に用いられる抗がん剤が効く(感受性)患者と効かない(非感受性)の患者がいる。同装置を用いた2次元電気泳動により、感受性患者と非感受性患者のビメンチンリン酸化パターンに明確な違いがあることが明らかとなった

なお、シャープでは同装置を用いることで、大量の臨床データを処理することが必要であった疾病プロテオミクス分野でも、広く2次元電気泳動法を用いることが可能となるほか、医学研究のみならず、製薬業界や食品検査などでたんぱく質を網羅的に分析したり、微細な化学変化を含む分析が必要とされる分野でも、今回の成果を利用することが期待できるとするほか、現在、2次元電気泳動で分離したたんぱく質を、ウェスタンブロッティングと呼ばれる技術を用いて同定するところまでを全自動化する機構の開発も進めており、これが実現されることで、プロテオミクス研究のさらなる加速につながり、当該分野の発展につながることが期待できるとしている。