九州大学(九大)は9月2日、細胞分裂を調節するたんぱく質である「p57」が「造血幹細胞」の維持に重要であることを明らかにしたと発表した。

今回の成果は、科学技術振興機構(JST)課題達成型基礎研究の一環として行われている、同大学生体防御医学研究所主幹教授の中山敬一氏らによる研究によるもので、米国東部時間9月1日に米科学雑誌「Cell Stem Cell」のオンライン速報版で公開された。

血液中に存在している白血球や赤血球、血小板といった多彩な細胞は、共通の造血幹細胞から作られることが知られている。通常、造血幹細胞は細胞分裂をほとんど行わない「静止期」にあり、ごく希に分裂を行う。その分裂は、自己複製を行なう(自己複製能を発揮する)場合と、血液前駆細胞を経て多くの血液細胞を産出する(多分化能を発揮する)場合の二通りがある(画像1)。両者をバランスよく保つことが造血幹細胞の維持には重要だ。

画像1。造血幹細胞は血液前駆細胞を経て、さまざまな血液細胞に分化する。通常、造血幹細胞は細胞分裂を行わない静止期にいるが、ごく希に自己を複製したり、血液前駆細胞を産生したりする。血液前駆細胞は十分に増殖すると、その後に各種血液細胞へと分化していく。自己を複製することを自己複製能、血液細胞へと分化することを多分化能としている

しかし、造血幹細胞から誕生する血液前駆細胞は活発に細胞分裂を行なうことから、なぜ造血幹細胞はあまり分裂しないのか、そしてどのような因子が造血幹細胞の維持に重要なのかがこれまでは判然としていなかった。

また、細胞分裂抑制たんぱく質として、「p21」、「p27」、「p57」の3種類のサイクリン依存性キナーゼ(CDK)阻害分子が知られている。この3種類の内、従来の解析から特殊なケースを除けばp21とp27は通常の造血幹細胞の細胞分裂抑制には関与しないことがわかっていた。しかし、p57の造血幹細胞における役割は不明だったのである。

そこで研究チームはまず、造血幹細胞と血液前駆細胞、血液細胞において、p21とp27とp57の損材料の確認を行った。p21はどの細胞にもほとんど存在せず、逆にp27はどの細胞にも存在。そしてp57は、造血幹細胞にのみ多く存在するという特徴を確認した(画像2)。それにより、p57が造血幹細胞の分裂を抑えている可能性が示唆されたのである。

画像2 造血幹細胞から血液細胞への分化課程におけるp21、p27、p57の存在量。p21(緑線)はどの細胞にもあまり存在しない。p27(青線)はどの細胞においても存在している。また、p57は造血幹細胞中でh非常に多いが、前駆細胞へと分化するとほとんどなくなる

次に、造血幹細胞におけるp57の重要性を調べるため、3種類を人工的に欠損できるマウスを作製して解析を実施した。p21やp27が欠損しても造血幹細胞の分裂には変化がなかったのだが、残るp57を欠損させたところ、造血幹細胞の分裂が異常に進んでしまうとともに、血液前駆細胞へと分化することが判明した(画像3)。要は、p57がなくなると自己複製は行わないように、血液前駆細胞へと分化するようになったのである。

画像3。p57の欠損による造血幹細胞の分裂亢進。p21やp27の欠損した造血幹細胞は、分裂速度に変化は見られない。一方、p57を欠損した造血幹細胞は、自己複製をせずに血液前駆細胞を以上に産生してしまった

続いて、3種類がそれぞれ欠損した造血幹細胞の血液細胞を産み出す能力を測定するため、骨髄移植実験を行った。それぞれのたんぱく質が欠損したマウスから骨髄を取り出し、放射線を当てて造血能力を失わせた別のマウスに移植(画像4)。骨髄に含まれる造血幹細胞は、体内で自己複製してその数を十分に増やした後、血液細胞を産生する。p21とp27の欠損造血幹細胞は、正常細胞と同じくらいの数の血液細胞を産出したが、p57を欠損した流血幹細胞は正常細胞の1/10程度しか血液細胞を産生することができなかったのである(画像4)。

画像4。p57の欠損による造血幹細胞の機能(幹細胞性)の低下。マウスの骨髄の移植実験を実施し、造血幹細胞はp21とp27が欠損していても、正常の造血幹細胞と同じぐらい血液細胞を産生することを確認。p57が欠損した造血幹細胞は自己複製を行えないため、造血幹細胞を増やせず、最終的に産出される血液細胞は非常に少なくなってしまう

p57を欠損した造血幹細胞は、自己を複製せずに血液前駆細胞を異常に産生してしまうため、造血幹細胞を増やすことができずに枯渇してしまい、そのために最終的にできる血液細胞の量も非常に少なくなってしまったのである。

以上の結果から、p57は血液系では造血幹細胞にのみ存在し、造血幹細胞の分裂を抑えていると考えられている。さらに、造血幹細胞が自己複製を維持するためには、あまり分裂せずに長期間にわたって静止期に留まっていることが重要なことも判明した。

現在、供給量の問題や感染事故を防ぐため、試験管内で自己の造血幹細胞から大量に血液を産生して自分に戻す「自己産生輸血」と呼ばれる方法が期待されている。しかし、造血幹細胞は体外に取り出すとストレスにより自己複製できずに枯渇してしまうため、現在は十分な量の血液を得られるだけの技術が確立されていない。

自己産生輸血を実現させるためには、造血細胞の自己複製機構を理解する必要があり、今回判明したのp57の役割は実現のための非常に重要である。試験管内での造血幹細胞の大量増殖が可能となれば、輸血だけでなく、白血病などの多くの血液患者に対する再生治療への道が進むとした。