理化学研究所(理研)は8月30日、細胞機能の初期化に関係する「DNA脱メチル化過程」のカギ物質と考えられている「5-ヒドロキシメチルシトシン」を「タングステン酸化剤」(画像1)で特異的に酸化する反応を発見し、DNA配列の中の5-ヒドロキシメチルシトシンの位置をDNAシーケンサで解析することに世界で初めて成功したと発表した。

画像1。タングステン酸化剤(タングステン酸)

今回の成果は、理研基幹研究所の岡本核酸化学研究室主任研究員兼科学技術振興機構(JST)さきがけ研究員の岡本晃充准氏らの研究グループによるもので、JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「エピジェネティクスの制御と生命機能」研究領域における研究課題「化学基盤高性能DNAメチル化可視化系の確立」(研究者:岡本晃充氏)の一環として行われた。成果は、英科学雑誌「Chemical Communications」オンライン版に近日掲載予定。

DNAを構成する塩基の1つである「シトシン」は、DNAメチル転移酵素によってメチル化されて「5-メチルシトシン」に変換される。さらに、DNAプロモータ領域のシトシンがメチル化されると、その領域下流での遺伝子発現が抑制されるという仕組みを持つ。受精卵からスタートして細胞がさまざまな機能の細胞に分化していくのを決定づける役割の一端を担っているというわけだ。

一方、シトシンが付加したメチル基もしくは5-メチルシトシンそのものを除いて元に戻す「脱メチル化」がなされると、抑制されていた遺伝子発現が回復する。細胞機能を「初期化」(脱分化)するのだ。しかし、DNA脱メチル化の過程については、未解明な部分がまだ多く残されている。

しかし、2009年になって一部の5-メチルシトシンのメチル基が酵素によって酸化され、5-ヒドロキシメチルシトシンへと変換されることが報告されたことが今回の進展につながった。5-ヒドロキシメチルシトシンは、細胞内DNAに含まれており、特に神経細胞やES細胞などのDNAに多いことも判明している。それにより、5-ヒドロキシメチルシトシンが脱メチル化の過程の生成物であるという仮説も提唱された。

この仮説が正しいとして、5-ヒドロキシメチルシトシンを検出してその位置を特定することができれば、細胞機能の初期化のメカニズムを調べることが可能となる。しかし、これまでも検出方法がいくつか提案されたものの、DNAシーケンサなどを用いてDNA塩基配列を一気に調べ、配列のどこが5-ヒドロキシメチルシトシンに変換されているのかを特定する方法は確立されていなかった。

そこで研究グループは、DNA配列中の5-ヒドロキシメチルシトシンを、無置換のシトシンや5-メチルシトシンから区別できる選択的な反応を探索するため、5-ヒドロキシメチルシトシンの「アリルアルコール構造」に注目した(画像2の5-ヒドロキシメチルシトシンの赤い部分)。

画像2。シトシン、5-メチルシトシン、5-ヒドロキシメチルシトシンの分子構造式。5-ヒドロキシメチルシトシンの赤い部分がアリルアルコール構造

この構造と特異的に反応すると予想される反応剤を、これまでに開発してきた化学合成法で合成した5-ヒドロキシメチルシトシン含有DNAと混合し、反応を評価したところ、タングステン酸(H2WO4)と過酸化水素の混合水溶液が効率的に5-ヒドロキシメチルシトシンを酸化することを発見した。

この反応は、アリルアルコール構造を持たない無置換のシトシンや5-メチルシトシンに対しては起こらないことを確認。また、タングステン酸と類似のほかの金属酸化剤(オスミウム、レニウム、モリブデン酸化剤)では、5-ヒドロキシメチルシトシンの酸化は効率的に進行しなかった。一方、すでに高酸化状態にある(=単独で酸化力を有する)「ペルオキソタングステン二核錯体」は、単独でDNAの5-ヒドロキシメチルシトシンを効率的に酸化することも確認している。

5-ヒドロキシメチルシトシンの酸化生成物を詳細に解析したところ、すでにシトシン4位のアミノ基の加水分解反応が進行しており、チミン誘導体へと変化していることがわかった(画像3)。このDNAを鋳型としてDNAシーケンシング解析を行ったところ、もともと無置換のシトシンや5-メチルシトシンがあった場所の相補鎖側には、核酸を構成する塩基の1つである「グアニン」が導入されているのを確認。それに対し、5-ヒドロキシメチルシトシンがあった場所の相補鎖側にはグアニンではなく、同じ核酸を構成する塩基の1つだが「アデニン」が導入されているのが判明した(画像4)。この手法によって、5-ヒドロキシメチルシトシンの存在と位置をDNAシーケンシング解析によって選択的に検出することが可能となったのである。

画像3。5-ヒドロキシメチルシトシンの酸化と脱アミノ化。5-ヒドロキシメチルシトシンはタングステン酸化反応後、4位のアミノ基の加水分解反応が進行し、チミン誘導体へと変化

画像4。DNAシーケンシング解析の一例。配列CCCXGGGC(Xはシトシン、5-メチルシトシン、もしくは5-ヒドロキシメチルシトシン)を含むDNAを、ペルオキソタングステン二核錯体で処理した後、シーケンシング解析をした結果。処理をした後のDNAの相補鎖側に、X=シトシンもしくは5-メチルシトシンの場合にはグアニンが入るが、X=5-ヒドロキシメチルシトシンの場合にはアデニンが入った(白矢印)。この手法で、5-ヒドロキシメチルシトシンの存在と位置を検出することが可能となる

細胞機能の初期化の解明は、がん・老化・再生医療などの「エピジェネティクス技術」に関わるすべての分野において、重要勝つ不可欠な課題となる。今回確立された5-ヒドロキシメチルシトシン検出のための新しい化学反応は、脱メチル化を初めとする遺伝子発現の初期化のメカニズムを説くための核心的技術として期待されているとした。特に、ES細胞やiPS細胞などリプログラミングに関わる再生医療分野や遺伝病、がんに関わる遺伝子治療分野の発展には、この手法を通じた5-ヒドロキシメチルシトシン解析が不可欠としている。