技術業界のみならず、政治や経済の動きもめまぐるしいこの頃、歴史的に見て大きな転換期にあるのは誰の目にも明らかだ。インターネットが推進役となる新しい経済とはどのようなものか? 時代はどこに向かっていくのか? 著名な経済学者Paul Saffo氏が解き明かす。

スタンフォード大准教授のPaul Saffo氏

Paul Saffo氏はスタンフォード大准教授、Bay Area Council Economic Instituteのボードメンバーなど多数の任務を持つ未来予測学者だ。世界経済フォーラムのGlobal Agenda Councilのメンバーも務める。そのSaffo氏が5月、スタンフォード大学でスウェーデンEricssonが主催した「Ericsson Business Innovation Forum」で公演した。

戦後、中心は生産者から消費者へ

未来予想を専門とするSaffo氏は、将来を予測するのにその倍の時間の過去を振り返ることにしている。つまり、20年先を予想するには40年前までさかのぼる、というのがSaffo氏のやり方だ。

スピーチでSaffo氏はまず、100年前の米国にタイムスリップした。1909年はミドルクラス、労働者階級が新しく台頭しはじめた頃。フォーカスは、いかにして需要を満足するのに十分な量を安く製造(プロデュース)するかにあり、Saffo氏はこれを「プロデューサー経済(Producer Economy)」と称した。あくまでも主体は製造者側であり、潤沢(Abundance)を約束してはいるが、実際には欠乏(Scarcity)しているという状態だ。シンボリックな出来事は、Henry Ford氏のT型フォードの発売だろう。「欠乏を克服するのに夢中になり、なんとかして潤沢を生み出すヒントやトリックを得ようとしていた時代」とSaffo氏は言う。

だが、T型フォードに代表されるように、当時のプロデューサーはそのうち、安く、たくさん製造するノウハウを身に付けていった。そして第2次世界大戦が終了、不景気と無縁になり、業界はついに需要を上回る量を製造できるようになった。この瞬間、「プロデューサー経済は終わった」とSaffo氏。

需要と供給のバランスが変わったことで、経済の土台は根本から変わった。50年代に誕生した新しい経済は「コンシューマー経済(Consumer Economy)」、その後50年--つい最近まで--われわれを支配した経済だ。

需要に支えられるのではなく、購入意欲に支えられるのがコンシューマー経済だ。「プロデューサー経済の最大のフォーカスは、いかに安く製造するかだった。コンシューマー経済では、ほしいと思わなかったもの、知りもしなかったものをいかにしてほしいと思わせるか、買わせるか」となる。

2008年秋、コンシューマー経済が崩壊

ここで中心的役割を果たしたのが、同時期に急速に普及したTVだ。「TVが登場したのは偶然ではない。TVはコンシューマー経済の問題を解決する大切な手段だった」とSaffo氏。TVは消費者に、知らなかったもの、必要だと思わなかったものを次々と紹介し、消費者はその影響を受けた。これまで必要を感じなかったものを所有したいという「強迫観念のようなもの」を感じさせることで、コンシューマー経済が成立した。

ここでも同じパターンが起こる。プロデューサー経済の終わりに作り手側のものづくりが上手になったのと同様、コンシューマー経済でも売り手側は、必要ないものを買わせることが上手になった。同時に普及したクレジットカードは、これをさらに後押しした。「特に米国で、人々は実際にはもっていないお金で買うようになった。買ったものがあふれ、家の中に入らないのでストレージビジネスもうまれた」とSaffo氏、さらに「度を越えたレベルになった」と続ける。サブプライム問題が指摘される中でついに起こった2008年秋のリーマンショックも、起こるべくして起こった当然のことだったのかもしれない。「コンシューマー経済は2008年11月に終わった」とSaffo氏。「われわれは、このモデルではうまくいかないと気がついたのだ」と続ける。