埼玉医科大学と理化学研究所(理研)の研究グループは、アルツハイマー病の発症に関わるアミロイド前駆体たんぱく質(APP)が、既知のセクレターゼによる代謝経路とは異なる経路で代謝されることを明らかにした。

同成果は、埼玉医科大学医学部 薬理学教室の丸山敬教授、浅井将助教と、東京大学の石浦章一教授、栁下聡介大学院生(現 理研 研究員)、理研の西道隆臣チームリーダー、岩田修永副チームリーダー(現 理研 客員研究員)との共同研究によるもので、科学雑誌「The FASEB Journal」(オンライン版)に掲載された。

アルツハイマー病は、老人性認知症の中でも最も多い原因疾患で、脳内にβアミロイド(Aβ)が沈着することで、異常にリン酸化したタウが蓄積し、最終的に神経細胞が死滅することにより発症すると考えられている。Aβの前駆体タンパク質であるAPPの代謝を解明することは、アルツハイマー病の発症機構を明らかにし、治療薬の開発につながることから、各所で研究が行われてきた。

これまでの研究により、細胞膜を1回貫通したタンパク質であるAPPは、αまたはβセクレターゼによって切断を受け、残ったC末端断片(CTF)がγセクレターゼによって切断されて、最終的にAβやAPP細胞内領域(AICD)になるという代謝経路をたどることがわかっている。

図1 セクレターゼによるAP 代謝とカテプシンBによる新しい代謝経路。これまで、APPはα、βおよびγセクレターゼによる代謝のみが考えられていたが、今回新たにカテプシンBもCTFとAICDを分解することが明らかになった。「p」はリン酸基を意味する。CTFから伸びる矢印の太さは代謝される量を相対的に表す

また、リソソームを阻害する塩化アンモニウムなどの薬物によって、γセクレターゼの基質(CTF)と生成物(AICD)が同時に溜まることも知られていたが、同現象についての詳細な研究は進んでいなかった。

今回研究グループは、γセクレターゼ活性が完全に欠損しているマウス胎児線維芽細胞を用いて、塩化アンモニウム処理によりAPPのCTFが蓄積することを明らかにした。

図2 塩化アンモニウムによるγセクレターゼの基質(CTF)と生成物(AICD)の蓄積。
(A):γセクレターゼ活性が完全に欠損したマウス胎児線維芽細胞(MEF)を塩化アンモニウムで処理するとαセクレターゼで代謝されたCTFが蓄積した。
(B):APPが過剰に発現するニューログリオーマH4細胞を塩化アンモニウムで同様に処理すると、CTFとAICDが蓄積した

また、CTFとAICDの検出がしやすいように、APPが過剰発現するヒト・ニューログリオーマ由来培養細胞を用いて同様の実験を行ったところ、CTFとAICDが同時に蓄積したことが確認された。この結果を受けて、研究グループでは、どのプロテアーゼが関与しているのかを明らかにするために、塩化アンモニウムで阻害されるリソソーム系のカテプシン群に注目し、各カテプシン阻害剤を用いて調査を行ったところ、システインプロテアーゼ阻害剤E-64dとカテプシンB特異的阻害剤CA-074Meのみに効果があることがわかった。

図 3 システインプロテアーゼ阻害剤E-64dとカテプシンB特異的阻害剤CA-074MeによるCTF とAICDの蓄積。塩化アンモニウムで阻害されるリソソーム系プロテアーゼのうち、システインプロテアーゼのカテプシンBを阻害したときのみCTFとAICDが蓄積したことからカテプシンBが主なCTFとAICDであると考えられた。ウェスタンブロッティング法で検出したのがAで、そのバンドのシグナル強度を定量したものがBとなっている

また、CA-074Me処理したとき、α、βおよびγセクレターゼの活性に変化は認められなかったことから、既存のセクレターゼに依存しないカテプシンBを介したCTFとAICDの代謝経路があることが判明した。

図4 CA-074MeによるカテプシンB阻害時の各セクレターゼ活性に対する影響。AおよびBは CA-074MeでカテプシンBを阻害しても、αおよびβセクレターゼによって分泌されるsAPP量には変化が認められなかった。一方、CおよびDでは、 膜画分をCA-074Meで処理してもγセクレターゼ活性は残存し、AICDやAβを産生した

これらの成果によりCTFがγセクレターゼとカテプシンBの基質になることがわかったが、研究グループではさらに両者の関係を調べるため、それぞれの阻害剤を用いて実験を行った。その結果、CA-074Me単独処理群と比較して、CA-074Meとγセクレターゼ阻害剤を併用した処理群では、有意にCTFが蓄積することが判明したほか、このときにAβ産生には影響がなかったことから両者はCTFを競合していないと考えられた。

図5 カテプシンB とγセクレターゼは基質としてCTFを競合しない。AおよびBは、CA-074Me単独処理と比較して、γセクレターゼ阻害剤との併用時ではCTFの蓄積が有意に増加したことを示す図。Cは培地中に分泌されるAβ量をELISA法で測定したもので、CA-074Me単独処理とγセクレターゼ阻害剤との併用処理で、有意差が認められなかったことから、基質としてCTFを競合していないことがわかる

さらに、γセクレターゼの重要な基質の1つであるNotchに対して調べた結果、CA-074Me処理はNotchの代謝に影響を及ぼさなかったことから、カテプシンBはAPPのみに作用することが判明した。

図 6 カテプシンB阻害はNotchの代謝に影響を与えない。CA-074MeでカテプシンBを阻害すると、γセクレターゼによって代謝されたNotchの細胞内領域NICDが産生されたが、γセクレターゼ阻害剤では産生されなかったことから、Notchの代謝には影響がないことがわかる。Compound E、DAPT、L-685、485は代表的なγセクレターゼ阻害剤

加えて、カテプシンBとγセクレターゼがどのように区別してCTFを代謝しているのかを明らかにするために、CTFのリン酸化部位に変異を入れたAPPを細胞に遺伝子導入し、CTFの蓄積を解析したところ、カテプシンB阻害ではリン酸化部位の変異による変化はなかったが、γセクレターゼ阻害では変異によりCTFの蓄積度が減少することがわかった。また、リン酸化を特異的に認識する抗体を用いた解析によっても、γセクレターゼ阻害でリン酸化CTFとCTFの割合が増加することが判明した。

図7 カテプシンB阻害はNotchの代謝に影響を与えない。AおよびBは、リン酸化部位に変異を導入したAPPではγセクレターゼ阻害によって蓄積するCTFが有意に減少した一方、カテプシンB阻害では有意な差は認められなかったことを示す。CおよびDは、リン酸化されたCTF(pCTF)を特異的に認識する抗体を用いて検出し、pCTFと全CTFの割合を比較したもので、結果は、CA-074Meとβセクレターゼ阻害剤ではコントロールと有意差がなかったが、γセクレターゼ阻害剤だけ有意に増加した

アルツハイマー病の原因物質と考えられているAβと同じように、CTFやAICDの毒性も報告されているが、今回の結果は、カテプシンBの活性調節によって、これらの毒性を軽減できる可能性があることを示唆するものである。また、依然として不明な点が多いAPPの細胞内動態や機能についての理解を深めることにつながる可能性があると研究グループでは説明している。

さらに、γセクレターゼがリン酸化したCTFを優先的に代謝していることが判明したことから、アルツハイマー病治療薬の有力な候補ながら、2010年に臨床試験が中止となったγセクレターゼ阻害剤に代わり、CTFのリン酸化阻害を標的とした薬剤を用いることで、副作用が少なく、かつAPPのリン酸化を担う酵素は神経原線維変化の構成成分であるタウもリン酸化するため、タウのリン酸化も阻害する相乗的な効果が期待できるとしている。