物質・材料研究機構(NIMS) 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の長田実 MANA研究者、佐々木高義 主任研究者らの研究グループは、分子レベルの薄さ(厚み:1nm)の酸化物ナノ結晶(ナノシート)において、化学組成と構造を自由自在に制御する精密ドーピング技術を開発したほか、同技術を誘電性ナノシートに応用することで、自在な特性制御を実現し、ナノレベルの厚さで高い性能の誘電体膜(誘電率320)の開発に成功したことを発表した。同成果は、Wiley発行の科学誌「Advanced Functional Materials」に公開された。

マイクロエレクトロニクスに使用される誘電体や半導体などの電子材料では、構造と特性を制御・調整するために、通常、異種元素(ドーパント)を格子内に導入するドーピング技術が使われている。近年、ナノ結晶の電子材料への応用が検討されているが、今後のデバイス応用の自由度を考えると、ナノ結晶においてもドーピングによる特性制御が重要な技術となることが予想されている。しかし、従来手法では、ドーパントをナノ結晶の望みの格子位置に導入し、特性を制御することは困難で、確立された技術は存在しなかった。これは、ドーパントをナノ結晶に導入することができても、ドーパントの量がナノ結晶ごとにバラバラであったり、ナノ結晶が小さいために、ドーパントが格子内の狙った位置で落ち着く前に再び外へ出ることがあるためで、ナノ結晶が自らドーパントを取り除くこうした性質は、自浄作用と呼ばれ、ナノ結晶におけるドーピングの大きな課題となっていた。 今回、研究グループでは、従来の問題点を克服し、ナノ結晶においてドーピングを実現する手法として、ドーパントを望みの格子位置に導入した層状酸化物を作り、その後、層状酸化物を層1枚ごとにばらして、ドーピングされた層1枚をシート状のナノ結晶(酸化物ナノシート)として取り出す「ナノシートドーピング法」を開発した。

図1 ナノ結晶のドーピング技術
上:従来ナノ結晶のドーピングに利用されている手法
下:今回開発したナノシートドーピング法。出発物質の層状酸化物は、層間に+1に帯電したカリウムイオンと-1に帯電したチタン-ニオブ酸化物層が積み重なった構造をしている。酸化物層は、-1の電荷を保つ条件で、チタン・ニオブ比を自在に変化させることができるため、この特性を利用することで、チタン・ニオブ比を自在に変化させたドープ型層状酸化物を安定な化合物として合成できる。さらに、その層状酸化物を1枚1枚バラバラにすることで、出発層状酸化物における酸化物層のチタン・ニオブ比をそのまま反映した組成を有するドープ型ナノ結晶(ナノシート)を合成できる

ナノ結晶の出発物質として用いたのは、チタン・ニオブ層状酸化物と呼ばれる酸化物セラミックス。層状酸化物は、酸化物層がミルフィーユのように積み重なった物質で、銅系高温超伝導体やビスマス系強誘電体などが知られており、こうした層状酸化物では、機能ブロックとなる酸化物層に異種元素をドーピングすることで、特性を自在に制御できることが知られている。

チタン・ニオブ層状酸化物は、ドーピングとナノシート化という2つの性質を利用できるユニークな物質で、ドーピングした層状酸化物を作り、それを層1枚1枚バラバラに剥がすことで、ドーパントの量と構造を自在に制御したナノ結晶(ナノシート)を合成することができる特長を持っている。今回、研究グループでは、チタンとニオブの金属比を系統的に変化させた層状酸化物から、高誘電特性のナノシートを作製し、化学組成、構造、誘電特性の自在な制御を実現した。

具体的には固相反応法により、チタンとニオブの金属比を系統的に変化させたチタン・ニオブ層状酸化物セラミックスを作製し、室温での化学処理により、層状酸化物を層1枚まで剥離、厚み1nm、横サイズ約5μmのナノシートを作製した。得られたナノシートは、出発物質の層状酸化物のチタン・ニオブ比をそのまま反映した組成を有しており、精密ドーピングが達成された。

また、ナノシートは、水に分散したコロイド溶液として得られるため、環境にやさしい水溶液プロセスを用いたナノの積み木細工で、ナノシートを1層ずつ精密に積み重ね、酸化物や白金の電極基板上に高品位の積層薄膜素子を作製し、上部電極として金を蒸着して薄膜コンデンサ素子を作製し、誘電特性の評価を行った。

図2 チタン・ニオブ酸化物ナノシートの原子間力顕微鏡像(上)と、ナノシート積層膜の断面透過型電子顕微鏡写真(下)

図3の結晶構造図は、今回作製したナノシートの一例で、ニオブを置換していない酸化チタンナノシート(TiO2)は、チタン-酸素の八面体(TiO6八面体)が稜を共有してつながった平面構造をとっている。それに対し、ニオブ置換ナノシート(Ti2Ti2NbO7、TiNbO5)では、ニオブ置換により、TiO6八面体の換わりに、大きく歪んだニオブ-酸素の八面体(NbO6八面体)が導入され、多様な2次元構造を実現できたほか、この化学組成と構造の精密制御により、誘電特性の自在な制御が実現し、ニオブを約30%置換したナノシートでは、膜厚5~10nmレベルの薄膜で誘電率320を達成した。

図3 チタン・ニオブ酸化物ナノシートにおけるドーピングによる結晶構造の変化を示した図(上)と、誘電率のNb濃度依存性(下)

また、ニオブ置換ナノシートでは、高誘電特性に加え、周波数特性、温度安定性、絶縁特性など、応用上重要な特性も自在に制御できることが明らかとなったことから、これらの特性を利用することで、従来の高誘電体と比較し、1/50の小型化と100倍以上の大容量化を同時に実現する高性能薄膜コンデンサ素子の開発が期待できるようになるという。

同技術は、酸化物ナノ結晶において異種元素を望みの格子位置に導入し、構造と特性を自在に制御できるため、酸化物ナノ結晶の新しい機能開発や特性制御の手法に発展することが期待される。磁性体の開発においても有効であり、酸化チタンナノシートの磁性元素ドーピング(Mn、Fe、Co)に応用することで、磁性元素の精密ドーピングと磁気特性の自在な制御が可能であることも明らかになっている。

また、今回開発された高誘電体ナノシートは、極薄ながら高い誘電率と絶縁特性を有しているため、今後さらなる小型、高機能化が期待される携帯電話、パソコンなどのモバイル電子機器に対して、小型、大高容量の薄膜コンデンサやメモリ用の材料としての応用が期待される。特に現在、携帯電話、パソコンなどに使われている薄膜コンデンサでは、希土類を置換したチタン酸バリウムなどが使われているが、今回の高誘電体ナノシートでは、安価な酸素とチタンをベースにしており、資源の制約を受けずに製造できる「元素戦略」材料としても重要なターゲットになるとしている。