東京工業大学(東工大)資源化学研究所の吉沢道人准教授と貴志礼文大学院生らの研究グループは、巨大分子フラーレンC60を選択的かつ完全に内包できる「分子カプセル」の簡便な合成法を開発したことを明らかにした。同成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」(オンライン版)で公開された。

自然の中には、直接見ることのできない、ウイルスキャプシドのような数nmクラスのカプセルも存在しており、このような生体カプセルを模倣して、人工カプセルを分子で作る試みが、各所で行われている。しかし、合成の煩雑さや構造の安定性などに問題があり、また1nm以上の巨大分子を完全に内包できる分子カプセルの合成は、達成されていなかった。

フラーレンC60などの1nmサイズの完全炭素化合物は、その構造や性質から、次世代の機能性ナノ材料として注目されているが、フラーレンは難溶性であり、含ハロゲン系などの特定の有機溶媒にのみ溶解するため、その利用範囲が限られていた。そこで研究グループでは、フラーレンC60を完全に内包できる新規な分子カプセルの合成の実現に向けた研究を行った。

図1 (a)今回の研究で開発された分子カプセルと(b)従来の分子カプセルの模式図。今回の研究では、パネル型骨格を導入することで、さまざまな分子を内包できる分子カプセルの合成に成功した

開発されたカプセルの合成法は、普通の試験管に、根岸および鈴木カップリング反応により合成したパネル型骨格を有する有機分子と金属イオンを2対1の比率で入れ、有機溶媒を加えて、加熱撹拌するだけという簡単な手法だが、4つの有機分子と2つの金属イオンが規則正しく集合した分子カプセルが収率100%で作製されることが確認され、X線結晶構造解析により、直径が約1.5nmのカプセル構造体であることも確認された。

図2 分子カプセルの合成。有機分子と金属イオン(2対1の比率)の反応で、4つの有機分子と2つの金属イオンが規則正しく集合した分子カプセルが収率100%で生成された

図3 分子カプセルのX線結晶構造。(a)シリンダー表記と(b)空間充填モデル表記

また研究グループは、同カプセルがさまざまなサイズの分子を内包できることも見出した。中程度の大きさの球状分子(例:パラシクロファン)や平面状分子(例:ピレン)は、分子カプセルと一緒に加熱撹拌するだけで、それぞれ1つおよび2つが内包されたほか、同様の操作で、1個の巨大分子フラーレンC60も、カプセルの内部空間に完全に収納することが確認された。

図4 フラーレンC60の内包。本来不溶性の黒色粉末C60は、分子カプセルに内包されることにより、濃紫色の均一溶液を与えた

今回のフラーレンの内包では、過去に例を見ない2つの特徴があるという。1つは、サイズ差0.1nmというわずかに大きさの異なるフラーレンC60とC70の混合物から、分子カプセルはC60を100%の選択性で内包することができたこと。もう1つは、分子カプセルはフラーレンC60を完全に内包しているため、本来、C60を溶解しない水系などさまざまな溶媒にも簡単に溶かすことが可能となったことである。

今回開発された分子カプセルは、有機分子と金属イオンから簡便かつ大量に合成できるほか、大気中で扱うことの出来る安定な化合物である。また、巨大分子の代表例であるフラーレンC60を内包可能な1nmの内部空間を有していることから、研究グループでは今後、フラーレンや金属内包フラーレンなどの巨大分子の内包により、その特性を活用した新機能性材料の研究開発を進めていくとしている。また、将来的には難溶性の医薬関連分子のカプセル化による水溶液への溶解とそれを活用したドラッグデリバリシステム(DDS)の開発も期待できるとしている。