国立天文台は、すばる望遠鏡に搭載されるレーザーガイド星補償光学装置が完成し、国立天文台を中心とした研究開発チームが本格的な科学観測を開始したことを発表した。

レーザーガイド星補償光学装置は、2006年に作られた188素子補償光学装置とレーザーガイド星生成システムとをすばる望遠鏡に統合した観測システム。同装置を用いることで、これまで補償光学装置で観測できなかった天体、特に遠方の銀河やクェーサーの大多数を、従来の10倍の解像力で観測することができるようになるという。

図1 すばる望遠鏡からレーザービームが照射されている様子。レーザー光を利用して高さ90kmの大気中で光る人工的なガイド星を作成する(出所:国立天文台Webサイト、撮影:国立天文台ハワイ観測所 Daniel Birchall氏)

図2 レーザーガイド星補償光学系は、レーザー光をすばる望遠鏡から打ち、高さ90kmの大気中で発光する人工的なレーザーガイド星をつくる装置と、そのレーザーガイド星(または自然ガイド星)の光のゆらぎ方を波面センサで毎秒約2000回測り、可変形鏡を操ってそのゆらぎを実時間で打ち消す補償光学装置から構成される。同システムを用いてゆらぎを消した光を観測装置に送ると解像度が10倍向上した観測が可能となる(出所:国立天文台Webサイト)

地上からの天体観測では、大気のゆらぎの影響により、望遠鏡が本来もつ解像力を活用することが難しく、大気のゆらぎが少ないとされるハワイ島マウナケア山頂でも、実際の解像力は本来の解像力に対して10倍程劣化してしまっていた。補償光学は、劣化の原因である大気のゆらぎを補正し、望遠鏡本来の解像力を実現するための地上観測技術で、すばる望遠鏡では、建設当初のころから補償光学技術の研究開発を進めており、望遠鏡の解像力を高める努力が行われてきた。

すばる望遠鏡の第2世代補償光学装置である188素子補償光学装置は、2006年にファーストライトを行い、2008年10月からは共同利用装置として世界中の天文学者が利用してきたが、同光学系を使うためには、観測したい天体のすぐそばに明るいガイド星があることが必要なため、望遠鏡本来の解像力が得られるのは観測可能な天域の約1%にすぎなかった。

そこで研究開発チームは、2006年に作り上げたレーザーガイド星生成システムと188素子補償光学装置をすばる望遠鏡システムと統合したレーザーガイド星補償光学装置の開発を進め、従来はガイド星として使える明るい星が見つからず補償光学装置が利用できなかった天域でも、人工の星(レーザーガイド星)を作ることで、188素子補償光学系を使えるようにすることを目指した開発を行ってきており、2010年秋から装置の性能確認を開始、2011年5月の試験観測にて、予期した性能がほぼ達成できていることを確認した。

図3 すばる望遠鏡観測制御室での観測風景(出所:国立天文台Webサイト)

研究開発チームでは、同レーザーガイド星補償光学装置を用いて遠宇宙観測として、りょうけん座にある「SDSS J1334+3315」と呼ぶ天体の観測を行った。同天体はスローン・ディジタル・スカイ・サーベイで発見された二重にみえるクェーサーで、地球から約109億光年の距離にあることが確認されている。二重にみえるクェーサーの色がまったく同じことから、109億光年よりもずっと手前にある銀河の重力場によって、元々1つのクェーサーが重力レンズ効果を受けて2つにみえている現象と推定されていた。レーザーガイド星補償光学装置を使って観測したところ、二重にみえたクェーサーは約0.8秒角離れた2つの点像として明瞭に分解できたほか、重力レンズ効果を起こしていると考えられる銀河が2つの像の間にはっきりと浮かび上がってきた。

図4 二重クェーサー天体「SDSS J1334+3315」の従来の画像(上左)と、すばる望遠鏡・レーザーガイド星補償光学装置を用いて新たに撮影した高解像度画像(上右)。いずれも視野は10秒角。下は拡大したもの(視野は2秒角)で、二重クェーサーがはっきりと分離され、さらにその間に重力レンズ効果を引き起こしている銀河の直接検出に成功した(出所:国立天文台Webサイト)

この重力レンズモデルの計算から、同銀河は地球から約54億光年の位置にあると推定できたほか、今回の観測で得られた重力レンズモデルによると、もしこのクェーサーの明るさが変化すると、2つの像の明るさの変化に約 10日間の遅れが観測されることが予言できるという。この研究成果は学術論文として2011年7月発行の「Astrophysical Journal」に掲載される予定。

さらに研究開発チームは、他の重力レンズクェーサーの観測も進めており、例えば重力レンズクェーサー「B1422+231」では、レーザーガイド星補償光学を使用して観測すると、重力レンズ効果で複数に見えているクェーサー像がはっきりと分離することが見て取れたという。

図5 重力レンズクェーサー「B1422+231」の補償光学装置非使用時(左)と使用時(右)の画像。いずれも視野は3.6秒角(出所:国立天文台Webサイト)

また、 近赤外線宇宙探査観測計画「UKIDSS」により、その色から遠方のクェーサー候補として選び出された天体であるしし座にある「ULAS J1120+0641」の試し撮り画像では、2011年6月30日に欧州のグループが、距離129億光年にある最遠クェーサーであることを、スペクトル観測から確認したと発表した。同クェーサーの周辺に129億年前の時代の生まれたての銀河がある可能性があり、すばる望遠鏡グループとの共同研究が計画されている。加えて、同クェーサーの母銀河を検出し、巨大ブラックホールの形成過程を研究する構想もあり、それらの準備の一環として研究開発チームでは、レーザーガイド星補償光学装置を用いた観測をすでに行っており、10分露出の画像では、同クェーサー周辺の詳しい様子はまだ見えていないものの、補償光学装置の解像力で長時間観測を行うことで、今後、クェーサーの母銀河などが見えてくることが期待できるとしている。

図6 すばる望遠鏡・レーザーガイド星補償光学装置を用いて撮影された最遠クェーサー「ULAS J1120+0641」の高解像度画像(右下、波長2.1μm、10分露出)。上はUKIRT望遠鏡・近赤外線宇宙探査観測計画(UKIDSS)による最遠クェーサー天域の広視野探査画像(視野60秒角、波長2.2μm、40秒露出)、左下はその拡大画像(出所:国立天文台Webサイト)

なお、同装置は、2011年7月から共同利用観測が始まり、世界中の天文学者が利用できるようになる。