宇宙航空研究開発機構(JAXA)は6月30日、金星探査機「あかつき」が金星周回軌道への投入に失敗した原因について調査結果をまとめ、宇宙開発委員会に報告した。燃料側の逆止弁が閉塞したことによる異常燃焼でメインエンジンのノズル部分の大半が失われたと考えられているが、JAXAは2015年11月に金星周回軌道へ再投入することは可能と見ており、9月には軌道上でエンジンのテスト噴射を実施する考え。

同日開催された記者会見に出席したJAXAの中村正人・あかつきプロジェクトマネージャ(左)と稲谷芳文・宇宙科学プログラムディレクター

「あかつき」は2010年5月に打ち上げられた日本初の金星探査機。同年12月7日に金星に接近した際、周回軌道に入るための軌道制御エンジン(OME)の噴射を行ったものの、探査機本体の姿勢が乱れたことによって途中で中断。減速が足りずに金星を通過し、現在、太陽を周回する軌道を飛行している。この事故後、原因の究明を進め、同月27日には燃料側の逆止弁(CV-F)の閉塞が原因である可能性が高いと報告されたものの、特定には至っていなかった。

なぜ逆止弁が閉塞したのか

前回までに、FTA(故障の木解析)と呼ばれる手法によってCV-Fの閉塞が原因と推測されていたが、今回、地上の実験によってこれを確認した。

逆止弁の模式図(左)とOMEの概要(右)。逆止弁は機械的に動作する部品

逆止弁は、燃料側と酸化剤側にそれぞれ1つずつ設置されている

CV-Fは、高圧ガスタンクから燃料タンクへの配管に設置されているもので、燃料が逆流することを防いでいる。「あかつき」のOME(推力500N)には2液式のスラスタが採用されており、燃料と酸化剤を高圧のヘリウムガスで押し出すことで燃焼室に供給、高温・高圧の燃焼ガスを噴射して推力を得る仕組みだ。しかし、燃料と酸化剤が高圧ガスの配管内で混合してしまうと爆発する恐れがあるため、逆流を防止するバルブが燃料側と酸化剤側にそれぞれ設置されていた。

理想的には、この逆止弁によって燃料・酸化剤の上流側への逆流は起こらないはずであるが、実際には弁体とシールの間から僅かながら漏れることが分かっていた。これは量としては非常に小さいもので、通常、問題となることはない。ところが今回、実物を使って移動量を実測してみたところ、酸化剤に関しては、想定より100倍以上も量が多かった。これは、従来分かっていた隙間からのリークではなく、シール材料の内部を透過する量が大きかったためで、この現象については従来、考慮されてこなかった。

設計時のモデル。隙間からのリークのみ考慮されていた

ところが実際には、想定よりも大きな酸化剤の漏れが計測された

これにより、想定以上の酸化剤(NTO)の蒸気が逆止弁から漏れ出し、高圧ヘリウムの配管を通ってCV-Fのところで燃料(ヒドラジン)と反応、固体の塩(硝酸アンモニウム)が生成されて、弁が塞がったものと見られる。実際に逆止弁モデルを用意して実験したところ、塩の生成が確認され、弁の開閉にも不具合が出た。

酸化剤がどれだけ燃料側に移動したかの推定。予想よりも2桁多かった

実験で塩の生成が確認できた。10回中3回で、逆止弁が開かなくなった

この現象は今回初めて明らかになったとされるが、今までの衛星ではどうだったのか。これについて、まず地球周回衛星では、一般に2液式スラスタを使うのは軌道投入するときであり、塩生成の問題が出る前に使用期間が終了していた。衛星の設計によっては、同様の問題が起きていた可能性はあるが、表面化しなかったものと思われる。

一方、「あかつき」のような探査機であれば2液式スラスタの使用期間が長い。今回のケースでは打ち上げ後6カ月が経過したところで使われており、その間に累積した塩が問題を引き起こした。火星探査機「のぞみ」にも同タイプの逆止弁が使われており、同じようにCV-Fに塩が出来ていた可能性はあるが、「のぞみ」で不具合が起きたのは酸化剤側の別のバルブ(遮断弁)であり、直接的には関係はない。

小惑星探査機「はやぶさ」も近い設計だが、こちらの酸化剤タンクは金属ダイヤフラムという特殊な装置によって気液分離がされており、酸化剤の高圧ガス側への移動は遮られていた。詳細な理由については省略するが、「はやぶさ」は1液式スラスタを搭載しておらず、セトリング運用(1液式スラスタをまず噴射して探査機に加速度を与え、酸化剤をタンクの出口側に寄せてから2液式スラスタを点火すること)ができないために、このような例外的な設計になっていた。

「あかつき」では不運にもそういった条件が揃い、致命的なところで問題が発生したわけだが、JAXAは今回得られた知見を今後の衛星開発に反映させる意向だ。