京都大学(京大)らによる研究グループは、室温付近で既存材料の3倍以上の大きさの「負の熱膨張」を示す酸化物材料を発見したことを明らかにした。また、添加元素の量を変化させることで負の熱膨張が現れる温度域を制御できることも分かったという。

東京工業大学応用セラミックス研究所の東正樹教授、京都大学化学研究所の島川祐一教授、高輝度光科学研究センター副主幹研究員の水牧仁一朗氏、日本原子力研究開発機構研究副主幹の綿貫徹氏、および京都大学化学研究所の陳威廷博士研究員、関隼人氏、Michal Czapski氏、Smirnova Olga博士、岡研吾博士(現 東京工業大学応用セラミックス研究所特任助教)、石渡晋太郎博士(現 東京大学大学院工学研究科特任准教授)、広島大学大学院理学研究科の石松直樹助教、高輝度光科学研究センターの河村直已副主幹研究員、ラザフォードアップルトン研究所のMatthew G. Tucker博士、エジンバラ大学のJ. Paul Attfield教授との共同研究グループの成果で、英国の科学誌「Nature Communications」に掲載された。

ほとんどの物質は温度が上昇すると、熱膨張によって長さや体積が増大するが、光通信や半導体製造などの精密な位置決めが要求される場合、このわずかな熱膨張であってもズレが生じることになるため、その制御が問題になる。そこで、昇温に伴って収縮する「負の熱膨張」を持つ物質を用いて、構造材の熱膨張を補償することが行われているが、現状では負の熱膨張を持つ物質の種類が少なく、温度上昇1度当たり100万分の25(-25×10-6/℃)と、小さいことが問題であった。

今回、研究グループでは、「ペロブスカイト」という構造を持つ酸化物Bi0.95La0.05NiO3が、室温から120℃の温度域で、温度上昇1度当たり100万分の82(-82×10-6/℃)という、マンガン窒化物を基本とする既存材料の3倍以上の負の線熱膨張係数を持つ事を発見した。

母物質のニッケル酸ビスマス(BiNiO3)は、ビスマス(Bi)の半分が3価、残りの半分が5価という、特異な酸化状態を持っている。

図1 BiNiO3の低圧・低温(左)と、高温・高圧(右)の結晶構造

ラザフォードアップルトン研究所での中性子回折実験と、大型放射光施設「SPring-8」での放射光X線吸収実験から、同物質を加圧すると、ニッケル(Ni)の電子が1つ5価のビスマスに移り、ニッケルの価数が2価から3価に変化し、酸素をより強く引きつけるようになることが分かった。この際、ペロブスカイト構造の骨格をつくるニッケル-酸素の結合が縮むため、圧力の効果以上の体積収縮が起こる。さらに、ビスマスを一部ランタン(La)で置換すると、Bi5+が不安定になり、昇温によって同様の変化を起こせることも分かったという。

この際にも、ニッケル-酸素結合の収縮に伴い、120℃の温度範囲に渡り、約3%の体積収縮が起こった。この変化は徐々に起こるため、広い温度範囲にわたって連続的に長さが収縮する、負の熱膨張につながっている。研究グループでは、SPring-8の放射光X線回折実験で求められた微視的な格子定数変化と、歪みゲージを用いた巨視的な試料長さの変化の両方で、負の熱膨張を確認した。

図2 歪みゲージで測定した、Bi0.95La0.05NiO3の長さの温度変化。7~127℃の範囲で負の熱膨張が起こっており、その線熱膨張係数は既存材料の2倍以上の-82×10-6/℃であることが分かる

負の熱膨張が現れる温度域が、ビスマスに対するランタンの量を増やすことで下降、減らすことで上昇と、自在にコントロールできることや、絶縁体から金属への転移を伴うこともこの材料の特徴であると研究グループでは説明している。

なお、今回、発見された負の熱膨張材料は、大きな負の熱膨張を持つため、樹脂中に少量分散させることで、加工性に富むゼロ熱膨張材料の開発につながると期待されるほか、絶縁体-金属転移を伴うことから、長さの変化を電気抵抗の巨大な変化に変換する、高精度のセンサ材料への応用へつながることも期待できるという。