愛媛大学 大学院理工学研究科の山田幾也 助教らの研究グループは、鉄の化合物で温度を下げると膨張する現象を観測することに成功したことを明らかにした。

同研究は、東京大学物性研究所の大串研也 特任講師、京都大学 学院人間環境学研究科の林直顕 助教、高輝度光科学研究センター(JASRI)の金廷恩 博士と辻成希 博士、愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの入舩徹男 教授、理化学研究所の加藤健一 博士と高田昌樹 博士、京都大学物質-細胞統合システム拠点の髙野幹夫 教授らと共同で行われたもので、独科学誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン速報版にて公開される予定。

通常の物質は、温度を上げると膨張し、温度を下げると縮む熱膨張(正の熱膨張)という性質を持っている。熱膨張は、材料が破壊される原因の1つとなるが、熱膨張率をほぼゼロまで小さくした材料を開発することで、解決できるものと期待されている。

こうした問題の解決手法として、正の熱膨張とは反対に、温度を上げると縮み、温度を下げると膨張する「負の熱膨張」の性質を持つ物質を開発し、正の熱膨張の物質と組み合わせることで、熱膨張率が起こらないゼロ熱膨張の材料を開発することが試みられている。

図1 正の熱膨張と負の熱膨張の概念図

研究グループは今回、15万気圧、1000℃の高圧・高温条件を用いた超高圧合成法を用い手、複合ペロブスカイトと呼ばれる構造を持つ新しい鉄の酸化物「SrCu3Fe4O12」の合成に成功した。同物質は、Sr、Cu、Feにそれぞれ12個、4個、6個のOが結合した結晶構造を持っており、このうち、Feは通常のイオン価数(2価または3価)よりも高い価数(4価、Fe4+を持ち、異常高原子価と呼ばれる状態にあった。

図2  「SrCu3Fe4O12」の結晶構造。Srを緑、Cuを赤、Feを茶、Oを青の球で表している

大型放射光施設SPring-8の粉末結晶構造解析ビームライン「BLO2B2」を利用して、結晶構造を粉末X線回折測定で調べたところ、約0℃から-100℃の広い温度範囲において、負の熱膨張を示したほか、線膨張係数が最大で-2.26×10-5/℃となった。これは理化学研究所らの研究グループがこれまでに報告した、負の熱膨張物質・逆ペロブスカイト型マンガン窒化物が示す最大値(-2.5×10-5/℃)に匹敵するという。

図3 SrCu3Fe4O12の体積の温度変化。室温の体積を基準(=1)としている

また、Srに対してOが通常よりも接近しているオーバーボンディング状態にあることも示された。これは、OがSrを圧迫して不安定な状態であることを示しており、何らかの作用により、この状態を解消することが期待されると研究グループでは説明する。

さらに、負の熱膨張が起こる温度範囲において、CuからFeへ次第に電子の移動が起こることも確認された。Feの価数が下がることで、FeとOの距離が大きくなり、結晶全体の体積が増加する。このことは、Cu-Fe間の電子移動による結晶体積の増加が、Srのオーバーボンディング状態を解消するために、有効に働いていることを示しており、このようなメカニズムで巨大な負の熱膨張が起こることを報告したのは、今回の研究が初めてとなるという。

今回、新しい負の熱膨張のメカニズムの存在が明らかにされたことで、新しい原理に基づくゼロ熱膨張材料開発の可能性が広がることが期待されるほか、超高圧高温条件を用いる超高圧合成法を用いることで、これまでに知られていない機能を持った新物質の発見が進むことが期待できるようになると研究グループでは説明している。