自然科学研究機構・生理学研究所は岩手大学の新貝鉚蔵教授との共同研究により、生物の温度センサであるTRPチャネルと呼ばれる分子が、同じ種類の分子であっても哺乳類とニシツメガエル(両生類)では感じる温度が異なることを明らかにした。同成果は、米国科学誌「PLoS Genetics」(電子版)に掲載された。

今回研究の対象に用いられたのは、ニシツメガエルと呼ばれるカエル。ニシツメガエルは熱帯に生息し適温は約26℃の環境で生活しているが、20~18℃以下の涼しい温度では生存を危うくする危険がある。研究チームは、このニシツメガエルの温度感受性センサであるTRPV3(トリップ・ブイ・スリー)チャネルの遺伝子を特定し、その働きを調べ、哺乳類のTRPV3チャネルと比較して、温度感受性が異なることを明らかにした。

通常、哺乳類のTRPV3チャネルは暖かい温度(33~39℃以上)を感じて活性化されるが、ニシツメガエルのTRPV3チャネルは低温(16℃以下)で活性化されることが判明した。この結果により、ニシツメガエルでは、この温度センサを使って、生存を危うくする低温を感じていることが明らかになった。実際、TRPV3チャネルの構造を詳しくみてみると、そのタンパク質の端のアミノ酸配列が、哺乳類のものとニシツメガエルでは大きく異なることが分かった。この構造の違いにより温度感受性が異なっている可能性があると研究チームは指摘している。

ニシツメガエルのTRPV3チャネルの温度変化に対する電流応答。ニシツメガエルのTRPV3チャネルは、温度を高温側に変化させても反応しないが、低温側に変化させたときに反応することがわかった

さらに、哺乳類のTRPV3チャネルは複数の化学物質によっても活性化されることが知られていたが、これらの複数の化学物質は、1種類を除き、ニシツメガエルのTRPV3チャネルを活性化させず、化学物質の感受性も異なることも分かった。

哺乳類とニシツメガエルのTRPV3チャネルでは、化学物質に対する感受性も異なっていた。哺乳類であるマウスのTRPV3チャネルは、化学物質であるカンフルにも2-APBにも反応するが、ニシツメガエルのTRPV3チャネルは、カンフルには反応しなかった

富永教授は「今回の研究で、脊椎動物の温度センサであるTRPVチャネルの遺伝子の進化過程を明らかにし、遺伝子レパートリが異なる種間で変化していることが分かった。生息する温度環境や生理的な特性の変化に伴ってTRPチャネルが進化過程でどのように温度感受性を変化させてきたのかはあまり分かっていなかったが、今回の研究により受容温度を柔軟に変化させ、時には、全く異なる温度感受性を獲得する、そうした機能変化"モーダルシフト"の分子メカニズムの一端を明らかにすることができた」とコメントしている。

温度センサTRPV3チャネルは脊椎動物の祖先には備わっていた。しかし、その後に魚類では失われ、一方、陸上脊椎動物では維持されてきた。進化の過程で生物の生息する環境温度に応じてTRPV3チャネルの機能も変化してきたと考えられる

今後、研究が進むことで、そもそもこの分子がどのように温度を感じることができるのか、哺乳類とニシツメガエルTRPV3チャネルの温度感受性の差異を利用して、それに関わるタンパク質構造(アミノ酸配列)を特定できる可能性が出てきたと研究チームでは説明している。

今回の研究成果により、哺乳類のTRPV3チャネルは温かい温度を感じるのに対して、ニシツメガエルのTRPV3チャネルは冷たい温度を感じる正反対の性質を獲得していることが分かった