先日、Appleが法人営業強化に向けてITセキュリティ専門家を雇い入れたことを紹介したが、企業側のiPhone/iPad導入の動きも加速している。直近の例では、ドイツ銀行(Deutsche Bank)がこれまで利用してきたBlackBerryに代わり、新たにiPhoneを導入すべくテストを続けている。こういった企業での最大の関心事はセキュリティであり、この問題をクリアしたうえで業務にマッチした要求を満たせるかが重要となる。

セキュリティアプリ+iPhoneを導入したDeutsche Bank

Deutsche Bankのシステム導入事例については、調査会社Deutsche Bank Equity ResearchのアナリストChris Whitmore氏のレポートをAppleInsiderが掲載している。これは、同銀行における2ヵ月間の導入トライアルをWhitmore氏が調査報告としてまとめたもので、このケースではiPhoneにGood Technologiesのセキュリティアプリを組み合わせ、AES 192ビットの暗号化通信でMicrosoft Exchangeのシステムとメールやカレンダーの同期を行うという。

興味深いのはシステムは企業アカウント専用ではなく、同じ端末でパーソナルなデータも取り扱う点だ。ただし両者は明確に分けて管理されており、セットアップ自体は10-15分程度で終了するという。「iPhoneのタッチUIはBlackBerryよりも企業データへのアクセスが素早く簡単であり、パーソナルとコーポレートという2つの異なるメールへのアクセスを1つで行える点で素晴らしい」とレポートでは評価している。

このレポートではiPhoneがBlackBerryに比べて劣っている点も挙げられているが、「Good Technologyのアプリではメール着信をプッシュ通知で知らせるが、ユーザーが能動的にメールを取りに行かない限りメールが実際に受信されない」「BlackBerryはメール着信をLED点滅で知らせる機能を備えるが、同等の機能がiPhoneには見あたらない」といった基本的な仕組みによるもので、BlackBerryとiPhoneをトータルメリットで比較してどちらを選ぶかといった内容。このほか物理キーボードの有無についても検証されているが、これは個人差があるものともしている。

英Reutersもこの件についてレポートしている。Whitmore氏は同社のインタビューに対し「コンシューマや従業員たちに、それぞれの持つiPhoneをITマネージャの元へ持参させ、『じゃあこの業務をやってくれ』というだけだ」と簡易さを強調するコメントを出している。同氏はレポートの中で、いくつかの小さな不満点を挙げつつも、非常なポジティブな評価をしている。Reutersによれば、今回の案件でiPhoneアプリ製品が採用されたGood Technologyでは4000以上の企業顧客を抱えており、そのうちFortune 100企業は40社、Fortune 500企業は100社以上が含まれているという。

次の舞台はタブレットへ

いまホットなのはiPhoneだけではない。次の波はiPadなどタブレット製品にある。当初はコンシューマ市場をターゲットに投入されたiPadだが、Appleでは早くから企業や教育市場も視野に入れており、先進的(言い換えれば「物好き」ともいえる)企業らが次々とiPadをどのようにエンタープライズシステムにこの新製品を取り込むかの実験を進めている。だがこの市場を狙うのはiPadだけではなく、Androidなどの新興勢力、そしてもともと同市場での躍進を狙っていたMicrosoftのWindowsなどがひしめく世界となる。

コンサルティング企業の英Deloitteは2011年のITにおける目玉トピックの1つが「タブレット」にあると予測しており、同年に販売されるタブレットの実に25%が企業需要によるものになると見積もっている。この件のレポートをまとめているeWeekによれば、2012年にはさらにこの傾向は顕著になり、現状でノートPCが占めている企業におけるポータブルデバイスの地位をタブレットが脅かすことになるというのがDeloitteの分析だ。米IDCによれば、2011年の世界のタブレット出荷予測値は4,500万台。2010年にほぼ圧勝状態だったiPadの総販売台数が1,600万台だったことを考えれば、およそ2倍以上の市場規模へと成長することになる。iPadは次世代モデルの「iPad 2」が今年4月に発売開始されると噂されており、売上がさらに加速することになるだろう。当然、ライバルらの躍進も考えられ、この急成長中の企業需要を狙った売り込み合戦が熾烈化することが予想される。

だがここで、1つ興味深いテーマを提示しているレポートがある。Mac Observerの「What if Apple Continues iPad 1 Sales After April?」(4月以降もAppleはiPad 1の販売を続けるのか?)という記事だ。これまでのAppleであれば、新製品が出る直前には旧モデルの在庫調整を始め、同社CEOであるSteve Jobs氏の製品発表と「Available Today」のかけ声とともに一挙に製品が切り替わるというスタイルを採ってきた。実際、この新しい技術を搭載したモデルへと素早く切り替えていく手法と、業界でも有数の優秀な在庫管理システムを持つAppleの経営スタイルが、今日の同社の好調を維持している源泉であることは想像に難くない。だが、次なる相手はコンシューマとは性格が異なるエンタープライズユーザーであり、ライバルの顔ぶれも当然変化することになる。Appleはこうしたスタイルを貫けるだろうか。

Mac Observerは、「主に機能面でiPadが旧モデルと新モデルで棲み分けることが可能であり、価格面でライバルからの優位性を保つために値下げを実施した旧型iPadの販売を続けて、ライバルらを引き離しにかかるのではないか」という予測を出している。確かに、Windows XPのように10年単位でのサポートが提供されるライバルOSに対し、1年単位とはいえ目まぐるしく製品のアップデートが行われており、Appleの製品入れ替えサイクルは短い。もしAppleが次のステップを目指す場合、コンシューマにおけるイノベーションの素早さとエンタープライズにおける安定性のバランスを保ち、うまく組み合わせる必要が出てくるのではないだろうか。なお、Digitimesなどのサプライヤーに関する情報を基にする限り、Appleでは初代iPadの製造を来月中にも終了する予定のようだ。