東京工業大学(東工大)、科学技術振興機構(JST)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、名古屋大学、東京大学、東北大学らによる研究グループは、パルスレーザー光を照射した物質の内部の原子が規則正しく動くことにより、100億分の1秒の間だけ出現する過渡的な新物質構造を検出することに成功したことを明らかにした。1月16日(英国時間)、英国の科学誌「Nature Materials」のオンライン版に掲載された。

これまでの物質科学は、安定で時間的に変化の無い「静的」な物質の構造を基本として考えられてきた。一方、光によって色や形、磁気的・電気的性質など様々な特性を変化させる「光機能性物質」と呼ばれる材料の開発には、光励起をきっかけとして時々刻々変化する「動的」な構造を原子レベルで知ることが必要となる。そのため、この動的な構造変化を理解することは、高速光スイッチの開発や高効率の光エネルギー利用に向けた重要課題となっている。

遷移金属酸化物に代表される強相関電子材料は、近年の物性物理学の重要な研究課題として精力的に研究されており、工業的にも次世代メモリ(ReRAM)などとして電子デバイスへの応用が期待されている。

中でもペロブスカイト型マンガン酸化物は、負の巨大磁気抵抗効果の発見を契機に精力的な研究がなされてきている。同酸化物は低温では安定で静的な構造として、d電子軌道が規則正しく秩序だった「軌道秩序」状態をとり、絶縁体状態になっている。これは、遷移金属と周囲の酸素原子との間の化学結合に関与する電子軌道が、おのおの規則正しく異方的な並び方をとるため電子は動きづらい状態になっているということだが、高温ではこの秩序が消滅し、d電子軌道はみな等方的な状態となり、電子は動きやすくなるため強磁性金属相を示す。

図1 光励起前の静的構造と、温度変化による静的な構造変化、ならびに光励起による動的構造変化との比較

これまでにペロブスカイト型マンガン酸化物の低温条件下で実現する絶縁体相は、磁場、圧力、光照射などの外的作用により相転移を起こすことが報告されており、その金属相は静的構造を基盤とする相変化との類推から、高温条件下で実現する強磁性金属相の構造と類似していると考えられてきており、光により一瞬にして絶縁体相から金属相へ転移する性質は、高速スイッチングなど高速光デバイスへの応用が有用であるため、本当に予測されているような結晶構造変化が起きているのか、その原子レベルでの解明が求められていた。

研究の手法としては、光励起をきっかけとして極短時間出現する物質の新状態に関して、その極短時間に変化してゆく「動的な結晶構造」を原子レベルで調べるには、X線回折測定が有効だが、高速現象の測定には適さないため、特殊な方法で強力な短パルスのX線を利用する必要があった。

そのため、物質の高速な状態変化を原子サイズの分解能で動画として観測するため、KEKの放射光科学研究施設(PF-AR)に時間分解X線ビームラインNW14Aを設計・建設した。このビームラインでは、レーザーパルスとX線パルスを交互に繰り返し入射する測定法(ポンプ・プローブ法)により、周期的に非常に短い間だけ出現する新しい状態を、100ピコ秒幅のX線を用いて捕らえることが可能である。

図2 100億分の1秒のX線パルスによる精密な「動的」構造解析を可能とした世界で初めての専用ビームラインPF-AR(Photon Factory - Advanced Ring for Pulse X-rays)「NW14A」の概念図

また、試料面ではマンガン酸化物へ侵入する深さ(侵入長)がX線と励起レーザー光では、それぞれ数μmと数十nm程度と、2桁以上も異なるため、通常のマンガン酸化物結晶試料では、レーザーによって励起されていない成分の情報しか得ることができなかった。そこで侵入長の問題を回避するために、厚さ80nmの薄膜形状の結晶をパルスレーザー堆積法により作製。このような試料開発により、わずかな量の結晶でも新原理に基づく物質・材料開発が行えること、さらには光デバイスなどに有用な超薄膜形態そのもので光励起によって生ずる状態の動的構造研究が可能であることが実証された。

図3 今回の研究のためにパルスレーザー堆積法によって準備された、マンガン酸化物の薄膜(a)とその結晶、電子構造模式図(b)。図中のFWHMはパルス光の時間幅を示す

今回の研究は、通常は安定な物質であるマンガン酸化物の薄膜材料を光励起することで、100億分の1秒以下の超高速で大きく色合いを変化させられること、そしてその原因が、100億分の1秒と言う極短時間だけ別の構造に変化しているためであることを、原子レベルの精密構造観測で実証したもの。この観測は、PF-ARのパルスX線と超短パルスレーザーを組み合わせた装置によって達成されたもので、観測された構造は、従来の予測とはまったく異なっており、結晶中で光励起前とも異なる新たな軌道秩序状態が生じていることが分かった。これは光励起で生み出される「動的構造」に基づく新しい物質相が、「静的で安定な構造」に基づく従来の物質科学の考え方からはまったく予想外の新しい秩序をもったものであることを示しているほか、温度による相転移では到達することのできない「隠れた物質相」を、光によって実現可能であることを実証したものとなっている。

このような隠れた物質相の実在性は、物質の存在形態に関する基本問題として長く続いた議論に対し1つの答えを与え、熱擾乱を受けないデバイス材料開発の新たなフィールドを拓くこととなる。

また、今回開発された時間分解X線回折法は、原子スケールにおける極めて短い時間(100億分の1秒)の変化を、その光学特性などの物性変化と結びつけながら、同時に直接観測することを可能にするもので、これは超高速な光現象のメカニズムを動画として観測することができるという意味で画期的なものとなると研究グループでは説明している。

なお、このような光により光学特性、伝導性、磁性などの物性が超高速変化する現象を詳しく探求することで、超高速な微小メモリや相スイッチの材料開発、デバイス動作その場解析が推進されることが期待されるという。