「タイガーマスク」の主人公・伊達直人を名乗る贈り物が全国の児童養護施設や児童相談所などに相次いでいる。世知辛い時代の心温まるニュースとして話題となっているが、児童養護施設出身者はこの"タイガーマスク現象"をどうみているのだろうか? 社会的養護の当事者参加民間グループ「こもれび」の代表で児童養護施設出身者の佐野優さん(24)にインタビューした。

■PROFILE : 佐野優(さの・ゆう)

24歳。中学生時代の3年間を千葉県内の児童養護施設で過ごす。中学卒業後は飲食店で勤務。2008年6月、「"児童養護施設"をもっといろんな人に知ってほしい」と、友人と社会的養護の当事者参加民間グループ「こもれび」を設立。大学やシンポジウムで、自分の生い立ちや児童養護施設についての講演を行う。退所者の居場所づくりとして、定期的に「交流会」も開催。家族は夫と息子(5歳)。千葉県流山市在住。

「一過性のブームで終わってほしくない」

――児童養護施設出身者として今回のブームをどう感じていますか。

私がいた木更津の児童養護施設にも文房具が届いたそうです。すごい広がりですね。「施設の子どもたちのために何かをしてあげたい」という気持ちは本当にありがたい話だと思います。

いろんな見方があると思いますが、私はこの"タイガー現象"は社会に何かを問いかけているような気がしますね。人によってできることの大きさも違うし、やれることも違う。寄付ができる人もできない人もいる。でも知ることはだれにでもできます。今回は贈り主が匿名でなんだか漠然としている分、聞いている方はいろいろと想像が膨らみます。児童養護施設について知ってもらうにはいい機会になったように思います。

心配なのはひとつのブームとして終わってしまうんじゃないかということ。今は「こんな時代にこんないい話が」ということでマスコミが大きく取り上げてくれていますが、こうしたブームはほかの面白い話題や大きなニュースが入ってくると忘れ去られてしまうことが多いので。

「かわいそう」と思われることも辛いこと

――施設にいる子どもたちは、こうした贈り物が届いたときどう感じるものでしょうか?

小さい子どもたちは純粋に喜ぶでしょうね。サンタクロースがやってきたみたいな感じかなあ。自分たちのことを考えてくれるやさしい人がいるんだとも感じるでしょうね。

――中学生とか高校生は?

小さい子どものようにただ純粋に喜んでいるばかりでもないかもしれません。今回のことで「私たちは『かわいそう』なんだ。だから寄付されているんだ」と自分の境遇を改めて悲観してしまう子もいるかもしれません。世間からみれば「かわいそうな子ども」になってしまうのかもしれない。でも『かわいそう』と思われている、そのことの方が『かわいそう』に思えることもある。私もそうでした。そういう考え方をする子どもがいることも知っておいてほしいですね。

年度途中の入所だとお古のランドセルを使うことも

――ところで贈り物として多いのはランドセルのようですが、こうした寄付がなくても新1年生にはランドセルは配られるのですか?

もらえますよ。私が行っていた施設の場合ですが、入学予定の子どもたちは、入学を祝う会で新品をもらっていました。先生と一緒に自分のランドセルを選びにいったりもしていたように思います。

ただ年度途中の入所の場合は用意できないこともあって、その場合は"しばらくは"ということでお古のランドセルを渡されることも。私の中学校の通学カバンもそうでしたね。「そのうち新しいものを」という話だったんですが、結局最後までお古のまま。まあそのころはそれが逆にかっこいいなんて思ってましたけど(笑)。

――ちなみに子どもたちのお小遣いはいくらですか?

施設によって違うとは思います。私がいたころの話ですが、小学生は1,000円前後、中学生で2,000円前後、高校で5,000円前後だったような。私はそのころ「買い食い」好きで……。でもなんとかその額でやっていけてましたね。ただ、部活をしている子は、シューズとかユニフォームとかのお金を出すのが大変だったみたいです。

「この子どもたちはこれからも生きていく」

――話は戻りますがさきほどは「"タイガー現象"は児童養護施設について知ってもらうよいきっかけになったのでは」と話されました。具体的にはどんなことを知ってほしいですか?

まずは、児童養護施設には虐待などの理由で親元を離れている子どもたちが暮らしていること、そしてそういう子どもたちが増えているという現実ですね。その上で考えてほしいのが施設の子どもたちの「将来」です。施設の子どもたちは原則18歳には施設を退所して自立しなくてはいけません。そこで大きな壁を感じる人が多いんです。

「やっと自由になれる」と希望を持って社会に出るんですが、現実は厳しい。みんな頑張っていますが、頼るべき人が身近にいないというのは大変なこと。すごい孤独感です。施設出身者ということで周囲から「かわいそう」とか「自分とは違う」という目で見られることもあります。一般の家庭で育てば自然に身についていく金銭感覚や人との付き合い方がわからずトラブルに巻き込まれる人もいますね。そういう理由から仕事が続かなかったりする人もいるし、なかには"道をそれて"しまう人もいると聞いたことがあります。

今回のことで児童養護施設に興味を持ってくれた方が増えたならとてもうれしいこと。これからも"タイガー現象"のことを覚えていてほしいですね。そしてなによりも忘れてほしくないことがあります。今、ここ(施設)で暮らしている子どもたちは、これからも生きていくということ。これからもこの社会で生きていく、ということです。