宇宙航空研究開発機構(JAXA)は12月10日、記者会見を開催し、金星周回軌道への投入に失敗した金星探査機「あかつき」について、8日夜以降に明らかになった追加情報を公開した。当初、新規開発のセラミックスラスタが原因ではないかとの見方もあったが、逆噴射後の燃料タンクの圧力推移から、加圧ガスの供給系が原因として浮上してきた。

まず前回の訂正から。8日の会見では、軌道制御エンジン(OME)噴射後の姿勢情報のグラフが提供されていたが、この時間とスケールに間違いがあった。姿勢異常の発生が2分23秒(143秒)後、これによってX軸周りにほぼ1回転したと発表されていたが、正しくは2分32秒(152秒)後から姿勢が乱れ、角度は最大42°、つまり実際には1回転はしていなかった。

同日11時に開催された記者会見には、「あかつき」プロジェクトの中村正人プロジェクトマネージャと、石井信明プロジェクトエンジニアリングマネージャが出席。OME噴射時のログデータはすべて探査機のデータレコーダからダウンロードできたということで、詳細について説明があった。

まず、探査機の各サブシステム(姿勢系、電源系、推進系、データ処理系、熱制御系等)の状態を解析したところ、姿勢系と推進系以外には異常は検出されなかった。

あかつきからのデータをもとに、時系列順に検出された異常を整理した結果(提供:JAXA)

姿勢系について、改めて事実を整理する。まず訂正された角度履歴のグラフで、OME噴射直後に少し姿勢が乱れているが、その後、姿勢制御スラスタ(RCS)によって振動が抑えられており、これは正常。そこからしばらくは問題なく噴射が続いていたが、152秒後からX軸周りの回転が始まり、158秒後には42度まで姿勢が傾いた。

OME噴射開始時を0秒とした場合の角度履歴(提供:JAXA)

ここまではRCSによる姿勢維持が行われていたが、抑えきれないということで、この時点でリアクションホイール(RW)による制御モードに切り替わり、同時にOMEの噴射を中止した。しばらくはこのモードが続いていたが、姿勢を復帰できないと判断して、375秒後にセーフホールドモードに入り、探査機をスピン安定させた。ここまで、全て探査機が自律で判断している。

これに加え、今回、探査機の角速度と加速度、そして推進系のタンク圧力についての履歴も明らかになった。特に注目されるのが、燃料タンクの圧力が徐々に低下していることだ。通常、燃料や酸化剤は高圧ヘリウムによって加圧されており、タンクの圧力はほぼ一定に保たれている。実際に、酸化剤タンクの方はそうなっており、燃料タンクにのみ異常が出ている。また噴射を終了したあとに圧力が戻るペースも異常に遅い。

OME噴射開始時を0秒とした場合の角速度履歴(提供:JAXA)

OME噴射開始時を0秒とした場合の加速度履歴(提供:JAXA)

OME噴射開始時を0秒とした場合の燃料タンク圧力と酸化剤タンク圧力の動き。本来なら、燃料タンクの圧力も酸化剤タンクのような動きとなるはずであった(提供:JAXA)

当初疑われていたOMEのセラミックスラスタに異常があるのかどうか、現時点で確認はできていないが、この燃料タンクの圧力低下は、それとは無関係の別の現象である。まだ、この圧力低下がどうして起きたのか、またこの現象が探査機の姿勢異常にどう繋がるかは分かっていないが、エンジンの下流側ではなくて、上流側に原因があった可能性が高くなったと言えるだろう。圧力低下の理由としては、(燃料が抜けたところに入れて圧力の調整に用いられる)ヘリウムタンクと燃料タンク間のバルブやフィルタに不具合が起きた可能性が指摘されている。

JAXAでは今後、エンジンの地上試験データを確認したり、必要であれば追加試験を実施するなどして、原因の追及に努める。「あかつき」では、RCSで使う燃料も共通のタンクから供給されているが、こちらには今のところ、異常は見られていない。ただし、正常に見えるデータの中にも異常が隠れている可能性もあり、噴射すべきところで正しく噴射していたのかなど、データの精査を進める。

なお、6年後にチャンスがある金星周回軌道への再投入についてだが、今回、燃焼時間が短かったことで、推進剤の残量は十分と見られている。しかし、原因となった不具合の内容によっては、再投入に影響が出る可能性もあり、これが可能かどうかについて、中村プロマネは明言を避けた。

また9日には、金星から約60万km離れた場所において、観測機器の試験も行った。5台のカメラのうち、すぐに起動できる中間赤外カメラ(LIR)、紫外線イメージャ(UVI)、1μmカメラ(IR1)を使って金星を撮影したもので、結果、これらは全て正常に動作した。残りの2台のテストについては、冷凍機や高圧電源の立ち上げが必要なため、今後準備ができ次第に実施する。

中間赤外カメラ(LIR):波長10μmによる撮影(視野:縦12.4度×横16.4度)。左がLIRで撮った金星、右がLIRで撮った画像(視野全体)(提供:JAXA)

紫外線イメージャ(UVI):波長365nmによる撮影(視野:縦12度×横12度)。左がUVIで撮った金星、右がUVIで撮った画像(視野全体)(左の画像はJAXAが着色したものとなっている。提供:JAXA)

1μmカメラ(IR1):波長0.9μmによる撮影(視野:縦12度×横12度)。左がIR1で撮った金星、右がIR1で撮った画像(視野全体)(左の画像はJAXAが着色したものとなっている。提供:JAXA)

「あかつき」が金星を撮影したのはこれが初めて。中村プロマネは、「思った通りの性能が出ていただけに残念。(遠距離からの撮影のため)画像の解像度は低いが、なるべく科学的な成果も出していきたいと考えている」と無念をにじませる。今後は、「今回見つかった推進系と姿勢系の異常について、先入観を排除して、あらゆる可能性について検討していく」とし、原因の調査に尽力する意向。

UVI画像とIR1画像とLIR画像の比較(UVI画像の青色とIR1画像の橙色はJAXAが着色。提供:JAXA)