8月31日と9月1日の2日間にわたり、クラウドコンピューティングに関するカンファレンス「Cloud Computing World Tokyo 2010」(COMPUTERWORLD/CIO Magazine主催)が開催される。初日には、米Amazon Web Services、グーグル、マイクロソフト、日本アイ・ビー・エム、日立製作所のキーパーソンによるトークセッションが行われた。いわば、競合の立場にある彼らはどのような議論を繰り広げたのだろうか?

クラウドというテーマの下、主要企業のキーパーソンが集結

野村総合研究所 技術調査部 上級研究員 城田真琴氏

今回、モデレーターを務めたのは、野村総合研究所技術調査部上級研究員の城田真琴氏だ。同氏はクラウドコンピューティングに関する著書を多数上梓している。同氏は冒頭に、「同社でクラウドに関する調査を行ったところ、注目度が高い割には導入している企業は少ないことがわかった」と説明した。そして今回のトークセッションでは、「企業がクラウドを導入するに際して懸念事項としているセキュリティなどに焦点を当て、クラウド導入のハードルを下げたい」と述べた。

トークセッションの参加者は、米国Amazon Web Services Senior Web Services Evangelist Jeff Barr氏、グーグル エンタープライズ部門 泉篤彦氏、マイクロソフト デヴェロッパー&プラットフォーム統括本部 部長 平野和順氏、日本アイ・ビー・エム(以下、日本IBM) クラウド・コンピューティング事業 クラウド・ソリューション 理事 小池裕幸氏、日立製作所 クラウド事業統括本部 担当部長 小川秀樹氏の5人。

城田氏が「皆さんは競合の立場にあり、これまでなら一堂に会することはなかったはず。クラウドの時代だから可能になったこと」と言ったが、正にそのとおりであろう。パブリッククラウドの2巨頭であるAmazonとグーグル、オンプレミスの巨頭であるマイクロソフトとIBM、国産ベンダーの代表格である日立といった具合に、さまざまな競合関係にある企業から、「クラウド」を軸にキーパーソンが集まったのだ。

改めて問う、「クラウドとは何か?」

城田氏はまず、各参加者にクラウドの意義について説明してほしいと切り出した。グーグルの泉氏は「グーグルが提供するサービスはすべて"クラウド"と考えている。特徴はスケーラブルな仕組みにある」と述べた。続いて、日立の小川氏は「当社では経営環境に応じたスケーラブルなITを提供する仕組みととらえている。パブリッククラウドとプライベートクラウドを併用する"ハイブリッドクラウド"が、企業に適した導入形態と言える」と説明した。IBMの小池氏は「技術的な視点で見ると、クラウドはサービスの工業化をもたらし、その技術要素は"仮想化""標準化""自動化"となる。一方ユーザーの視点で見ると、クラウドは調達の多様化を実現するもの」と説明し、マイクロソフトの平野氏は「クラウドはコンシューマー向けのテクノロジーから生まれたもので、企業にどう着地させるかが今の課題」と説明。

クラウドを技術という視点で説明した四者に対し、AmazonのBarr氏は「クラウドは技術ではなく、ビジネスモデル」と反論した。「クラウドを利用する際、設備投資が不要であり、従量課金制をとることが可能。また、クラウドにはオープンソースなどの既存のテクノロジーを用いることができる」

このように、各社が提供しているクラウドサービスの特徴が如実に表れたコメントとなった。

クラウドの利用メリットはコスト削減だけじゃない

次に城田氏は、クラウドの最大のメリットと言われている「コスト削減」について問いかけた。泉氏、平野氏、Barr氏、小池氏はいずれも、ユーザーはクラウドにコスト削減を求めており、実際にそれが実現されていると話した。

各氏はそのうえで、コスト削減以外のクラウドの導入メリットを挙げた。平野氏は「クラウドによってコストを減らせるが、ライセンス料だけがすべてではない。生産性の向上を考える場合、Webだけでなくオフラインでも、また、さまざまなデバイスが利用できることも必要」と話した。

「コスト削減以上に、クラウドによってリスクを減らせることが重要だ。例えば、クラウドを利用することで、従来のシステムで必要だったハードウェアのオーバープロビジョニングや電源のオーバーサプライを防ぐことができる。また、アプリケーションのオンライン化は予測していなかった利用増大に対するプロビジョニングへの対応を必要とするが、従来のシステムでは適切なプロビジョニングが行えずに顧客のニーズにこたえられない」と説明したのは、Barr氏だ。

各社で異なるデータセンターの場所や使い方

城田氏は、今回のセッションの最大のテーマである「クラウドのセキュリティ」に話題を移した。クラウドのセキュリティにおいて、ユーザーが気になるのはデータセンターの場所であろう。

まず国内にデータセンターを持っていない企業として、泉氏は「国内にデータセンターがないことがネックになることはあまりない。むしろ、セキュリティ以外の社内の体制などが導入の障害となることが多い。また、データセンターについてはNDAを結んだうえで、説明を行っており、その結果、"自社のデータセンターよりセキュア"だという意見ももらっている。加えて、当社のデータセンターは米国の連邦情報セキュリティマネジメント法『FISMA(Federal Information Security Management Act of 2002)』の認定を受けている」と説明した。

泉氏の意見にはBarr氏も同意した。「泉氏の意見には99%同意する。データセンターのセキュリティ対策は、少数のスタッフで行うよりも多数のスタッフで行うほうが質が高まる。そのうえで、セキュリティの教育や啓蒙を行っていくことが大切だ」

一方、海外と国内の双方のデータセンターを利用するIBMの小池氏は、「パブリッククラウドは国内のデータセンターを利用している。TivoliをベースとしたSaaSなど、むしろグローバルで展開する必要があるサービスは海外のデータセンターを使ったほうがよい。当社は顧客のSLAに合わせてデータセンターを使い分けている」と説明した。

国内ベンダーである日立では、「アウトソーシング事業で個別にデータセンターの見学も受け付けているように、クラウドサービスでも同じ対応をする」と小川氏。城田氏は「国産クラウドならではの対応」とコメントした。

さらに城田氏は、平野氏に「マイクロソフトはクラウドサービス提供時にクラウド事業の提携を行った富士通のデータセンターを使うのか?」と話をふった。これに対し、平野氏は苦笑いしながらも「マイクロソフトは日本にデータセンターを構築することを諦めたわけではない」と答えた。「富士通、デル、日本ヒューレット・パッカードにWindows Azureを搭載したアプライアンスを作っていただく。富士通は同社の館林システムセンターでこのアプライアンスを用いたサービスを提供することになっている」

そしてBarr氏は、「クラウドを利用する際、データセンターを気にするのは古い考え方。クラウドは変化するものであり、提供するデータセンターも変わる可能性がある。もっと抽象的な考え方に切り替える必要がある。それには、事業者がクラウドのユニークさをもっと啓発しなければならない」と、日本のユーザーの"悩み"をバッサリと斬った。

セキュリティ以外の課題にも目を向けよ

最後に城田氏は、「クラウドにおけるセキュリティ以外の課題は何か?」と問いかけた。小川氏は「既存のシステムとクラウドのデータ連携」を挙げた。この意見に対し、小池氏は、「システム間のデータ連携はバッチ処理で行われているが、このバッチ処理がクラウドとオンプレミスのシステム間で行われると、ネットワークの帯域が圧迫される。ネットワークへの対策も必要」と付け加えた。

また平野氏は、「日本でクラウドの利用を拡大するには安心感が必要。それには、政府が率先してクラウドを利用すべきだと思う。ヨーロッパ各国はEye On Earthというクラウドサービスで、水質や空気の状況を共有している」と述べた。

複数のトピックについて意見が交わされたが、各社のクラウドに対するスタンスが明確にわかったセッションだったと言えよう。それだけ、クラウドは多様な使い方が可能なテクノロジーということなのだろう。

AmazonのBarr氏がしきりに「使う側がもっと"柔軟""ダイナミック"になるべき」と訴えていたのは非常に印象的だった。日本企業にとって、ベストなクラウドの利用方法とはどのようなものなのか?――この問いに対する回答を求めること自体、ナンセンスなのかもしれない。

左から、グーグルの泉篤彦氏、日立製作所の小川秀樹氏、日本アイ・ビー・エムの小池裕幸氏、米国Amazon Web ServicesのJeff Barr氏、マイクロソフトの平野和順氏