Photoshop開発プロジェクトに長年"Photoshopの生みの親"として携わってきたトーマス ノール氏。インタビュー前編ではPhotoshop開発秘話について語ってもらったが、後編では、ノール氏だからこそ語れるPhotoshopの過去と未来を伺った。

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時代の流れとともに様々な媒体向けに、そして役割も変化してきた

Adobe Photoshopの生みの親トーマス・ノール

そもそも「Photoshop 1.0」自体が、リリースされた時点で時代の最先端ツールであり、ユーザーが完全に使いこなせる環境ではなかった。その当時、世の中にスキャナーがやっと登場した程度で、高精細に出力の可能なプリンタなどはまったく市場に出回っていない状況だった。それから次第にテクノロジーが追いつき、Photoshopの機能を存分に発揮できる制作環境が整ってきたわけだ。そこで、ノール氏にPhotoshopの20年の歴史を振り返り印象に残っているトピックについて訊いた。

「インターネットの出現は大きな衝撃でしたね。いまではインターネットのない世界なんて考えられないでしょうけれども、『Photoshop』を発表した当時、そんなものはなかったのですから。インターネットの登場により、『Web上に掲載する画像の処理』という新たな需要が生まれました。『Photoshop 5.5』において、実質的にWebに関する機能が追加され、タイムリーな形で対処できる製品になったと言えます。過去2度しかない"X.5"でのバージョンアップのひとつですね。アドビ システムズは今、Webはもちろん、コンピュータ、プリント、スマートフォン、家庭用テレビといったエニーデバイスを意識した機能を付加しています。そのため、多くのPhotoshopの機能は、どのようなデバイス上のデータにも適応できるようになっているのです」

Photoshop生誕より20年経った今、生みの親であるノール氏はPhotoshopがここまで進化していくと想定していただろうか。また20年後、Photoshopがどのようなツールになっていくと予想しているのだろうか。

「Photoshop 1.0をリリースした当時、まだPC業界は創成期でした。その当時アプリケーションとしてもっとも古くから使われていたのがMicrosoftの『Word』であり、そういう状況を見て"長く愛されているな"という印象を受けていました。なぜならPhotoshopがどれだけ愛され続けるのかまったく想像できなかったからです。毎回新しいバージョンが出るたびに『もうアイディアなんてないよ! 』、『もう面白いリリースなんて出せないんじゃないか? 』と心配していました。でも、毎回チームのメンバーが、面白いアイディアを出してくれるのです。それはもう素晴らしいもので『コンテンツに応じた塗り』を見たときには、本当に魔法なんじゃないかと思ったほどです。そんな思いもよらない魔法を実現した今、これから20年後の姿を想像するのは難しいですね。ですが、毎回新しいバージョンを出すたびに、とにかく最高の製品を出そうという気持ちで作っています」

「Photoshop次期バージョン」に盛り込みたい新機能に関して、ノール氏にはすでに何らかのアイデアを持っているのだろうか。

「次期バージョンのPhotoshopの開発に向けて、多くのアイディアが出てきています。特に私が担当しているCamera Rawプラグインについて様々なアイディアがあります。『コンテンツに応じた塗り』のような新機能になるかもしれませんし、今はまだわかりません。また、Camera Rawプラグインは、『Adobe Lightroom』の画像処理エンジンとしても使われており、将来的に写真の画像処理に関するものはすべてLightroomを使えば大丈夫だという形に弊社としては持っていきたいのです。"LightroomからわざわざPhotoshopへ切り替えなければならない機能に関してはLightroomに組み込んで欲しい"といったユーザーからのリクエストもすでに挙がっています」

ノール氏が撮影したアフリカや南極の写真
(C)Thomas Knoll

「Photoshop CS5」が登場し、「コンテンツに応じた塗り」や「パペットワープ」といった新機能による興奮が冷めやらないうちから、こんな言葉を聞いてしまってはPhotoshopの次のバージョンにも期待させられずにいられない。ノール氏は自身もひとりのフォトグラファーとしての経験から"これからPhotoshopを使ってみようかな? "と考えている人々に対してこんなメッセージを贈った。

「まずLightroomから使い始めると良いかもしれません。皆さん、たくさん写真を撮影して、その写真の量に圧倒されてしまうということがあると思います。またPhotoshopを使おうと思っても、あまりにも機能が多いのでそこでもやはり圧倒されてしまう。ですがLightroomは『10の素晴らしいやり方』という選択肢から選ぶのではなく『ひとつの最高なやり方』が提示されるので初心者にもお勧めです。イメージをトレースできるようにもなっていますし、画像をコレクションとして纏め上げることもできます。印刷もできればWebにパブリッシュできるようにもなっています。Lightroomを使用して、『これがやりたい! 』という欲求に駆られたらPhotoshopを使ってみてはいかがでしょうか」

これからもPhotoshopには様々な機能が追加され、大きな進化を遂げていくことは間違いない。次に私たちに見せてくれるPhotoshopの魔法は、いったい何だろうか? まだPhotoshopを使ったことがないという方は、生みの親であるノール氏が「魔法かと思った! 」という、簡単に不要なオブジェクトを画像上から消し、あたかもそこには最初から何もなかったかのような自然な仕上がりを可能とした「コンテンツに応じた塗り」をぜひPhotoshop CS5で体感してほしい。

インタビュー撮影:石井健