独SAPが5月19日まで独フランクフルトと米オーランドで同時開催した「SAPPHIRE Now 2010」は、同社にとってここ数年で最も重要なイベントとなったようだ。SAPは会期中、オンデマンド、インメモリ技術、モバイルという具体的なフォーカスを打ち出し、このところの停滞イメージの払拭を図った。

最終日の19日午後、ドイツでCTOのVishal Sikka氏、米国で共同創業者でスーパーバイザリーボード会長を務めるHasso Plattner氏が登壇し、3日間のカンファレンスを締めくくった。ここでは、Plattner氏のスピーチを中心にレポートする。

米オーランドから基調講演を行ったHasso Plattner氏。デモ中、iPadを絶賛し、「iPadではどんなアプリケーションでも見栄えがよくなる。不恰好なUIを書く方が難しい」とSAPのUIに対する批判を逆手に取ってみせた

Plattner氏は米IBMを辞めた後、1972年にSAPを共同設立した。2003年にCEOを退任、一線を退いたが、その後もSAPの方向性や経営に関わっている。2月からスタートした共同CEO体制以降は、さらに積極的に参画している。

「オンプレミス、オンデマンド、オンデバイス」というキャッチフレーズの下で新しい業務ソフトウェアのあり方を提示するSAPにとって、インメモリデータベースはこれを土台で支える技術となる。インメモリコンピューティングはハードウェアの進化を活用して、システムのメインメモリにデータを保存することで高速なデータ分析を実現するものだ。業務ソフトウェアにこだわってきた同社が、業界に革新をもたらすと期待する新技術となる。実際、インメモリはPlatter氏のプロジェクトで、数年前からスピーチなどで触れてきた。今年は動いている技術を見せ、製品化の道筋を示した。

ドイツの大学と共同で研究開発してきたインメモリデータベースのプロトタイプが出来上がったことを受け、Plattner氏は自社データベース「Max DB」の開発チームを再編してプロジェクトに乗り出した。「Design Thinking」を用い、分散環境でコラボレーションを進めながら誕生したのがSAPのインメモリデータベースだ。

Plattner氏は、大きな賭けともいえるインメモリを推進するにあたり、「後退」アプローチをとることにした。企業にインメモリデータベースの可能性や実現性を示したところ、論理的には同意を得られたが、導入にバリアがあることがわかったためだ。バリア(障害)とは時間、コスト、そして信頼性。特に信頼性は大きい要因という。

企業の多くが数年がかりで構築した安定したシステムを持つ。やっと到達した安定性を損なうというのは大きなリスクだ。そこで、SAPはインメモリデータベースを「R/3」や「ECC 6.0」など古いシステムで導入するステップを組み立てた。

手順としては、まず既存のデータベースと並行してインメモリデータベースを導入し、動かす。それから、BIをインメモリに再構築、次世代BI導入など段階的にインメモリに移行する。最終的にはディスクストレージ、そして旧式のデータベースが不要になる。「インメモリのパワーを実感しながら、複数のステップで移行できる」とPlattner氏。

「重要なのは、ERPコードにはいっさい変更を加えないことだ。あらゆる顧客にリスクフリーでインメモリのバリューを提供する」と続けた。ソフトウェアの新リリースの際にも、数時間で更新できるという。新機能の配信が大きく変わりそうだ。

SAPが提唱するインメモリデータベースのイメージ。左は現状の解決策で、まずは現行システムとパラレルにインメモリデータベースを動作させ、BIをインメモリ上に再構築する。右は近い将来のイメージで、データベースがすべてフラッシュデバイス上に載っているため、高速なOLTP処理が期待できる

Plattner氏はステージで、インメモリを統合したSAPのオンデマンド業務アプリケーションスイート「Business ByDesign 2.5」を、米Appleの「iPad」を使ってデモして見せた。ある顧客の本物のデータを利用したもので、売り上げデータにアクセスし、増減の理由を探るために項目、さらには製品と解析を進めていく。結果は数秒で表示され、同じくBusiness By DesignをWindows PCからアクセスしている取引先とデータ共有しながら問題を解決してみせた。Plattner氏は「iPhone」などの携帯端末では、レスポンス時間の許容度が15秒以下であることなどに触れ、高速なアクセスを実現するインメモリデータベースのメリットを強調した。

iPadでインメモリ技術を統合したBusiness By Designをデモ

それぞれが10 - 20ノードを持つ4つのBusinessObjectsを同時に動かすようなことは、通常のデータベースでは対応できなかった。インメモリデータベースでは、秒単位でトランザクションを実現できるという。

だが、インメモリデータベースには懐疑的な意見もある。Plattner氏はそれを払拭するかのように、「複数の大企業のトップが強い関心を示している。スタンフォード大学のトップに見せたところ、"ゲームを変える技術"と賞賛を受けた」と胸を張る。

「データを瞬時に分析することで、企業の運営が根本的に変わる」とPlattner氏、「従業員全員が(インメモリがもたらす)新しいコンピュータシステムで働くとどのような事態になるのか、わたしには予想できない。だがネガティブではなく、ポジティブなことだ」

最後にPlattner氏は、1992年のR/3発表を振り返りながら「(インメモリデータベースの)ビジネスへのインパクトは(R/3を)上回るものだ」と言う。「単なるスピードではなく、スピードをどうやってシステム、業務に適用するか。これはビジネス運営に関わるものだ」と締めくくった。