ひまわり証券の 投資情報室マネージャー、堀川秀樹氏は、顧客から「ミスター・デリバティブ」という愛称で親しまれる名物アナリストだ。その堀川氏が開発したのが、TOPIX先物を対象とするトレードシステム「マエストロ」だ。マエストロは、「米国市場が値をあげれば、日本市場も値を上げる」という事実を基礎にしたシステム。ただし、値を上げるから「買い」ではなく、逆張りの「売り」で仕掛ける。ここがマエストロのポイントだ。今回は、マエストロのアルゴリズムがどうなっているのかご紹介する。

「米国が上がれば、日本も上がる」を検証

前回は、堀川氏の基本的な考え方を紹介した。日興証券トレーディングセンター開発運用部に入り、"トレーダーデビュー"を飾った堀川氏だったが、そこは理系の秀才トレーダーがひしめく金融工学の世界だった。

堀川氏はまず、「米国が上がれば、日本も上がる」という事実を検証したという

堀川氏は文学部出身で、マウスの使い方すらよく分かっていない状態。必死の猛勉強の後、堀川氏がたどりついたのは「相場観をシステム化する」という発想だった。統計解析の秀才たちを前に、堀川氏はトレーダーとして逆張りの道を選ぶ。そのためには、誰もが当たり前だと思っていることであっても、「なぜ? どうして?」と考え、検証していかなければならない。これがマエストロの基本になっている。

「米国市場が値を上げれば、日本市場も値を上げる」。株式投資に興味にない人でさえ知っている当たり前の事実だ。そこで、多くの人がニューヨーク市場が引ける午前5時の終値を見て、日本市場が開く午前9時に買いに走る。しかし、なぜかそのやり方ではあまり利益が出ない。「なぜ?」と堀川氏は考え、まず「米国が上がれば、日本も上がる」という事実を検証してみた。「ニューヨークが上がった翌日に日本市場が上がるのは7割ほどでした。じゃあ、なぜ寄付きで買いにいって利益が出ないのかと考え始めました」(堀川)。

「市場が開いた寄付きで買って、途中か、もしくは市場が閉じる大引けで決済する」というやり方で、利益が出るのは「朝高く始まって、ぐんぐん上昇し、朝より高値で引ける」というパターンだ。「ニューヨーク市場が上がった翌日の日本市場の始値、終値を比べてみると、買いにいったのでは逆に儲からないということが分かったんです」(堀川)。

この事実がマエストロの基本戦略となった。「ニューヨーク市場が上がった翌日の日本市場は、開いた途端に十分上がってしまっていて、それからむしろ下落気味で引ける。だったら、買いから入るのではなく、売りから入ればいいのじゃないか」(堀川)。もちろん、これも検証してみた。すると、「寄付きで売って、大引けで手仕舞う」というやり方で利益が出ることがわかった。

探求の結果、「S&P500を指標・TOPIX先物を逆張り」に到達

しかし、堀川氏の"なぜ?"は止まらない。「ニューヨーク市場が上がった、上がったというけど、じゃあ、どういう時に上がったといえるのだろうかと次に考えました」(堀川)。上がったというのは始値、終値の差が5ドルなのだろうか、10ドルなのだろうか。これもデータから検証して割り出した(具体的な数値や基準の算定方法については、さすがに公表できない)。

これで一見上がったように見える「だまし」に、システムは反応しなくなり、より利益の出せるシステムになる。ここまできても、堀川氏の"なぜ?"は終わらない。「強い下落基調のとき、あるいは相場が強くて上がりつづけるときは、逆張りではかえって勝てない。これはロスカットルールを入れることで対処しました」(堀川)。

これで基本的なアルゴリズムは出そろったと思うが、それでも堀川氏は探求をやめない。「ニューヨーク市場、日本市場って言うけど、じゃあ、具体的に何を指すのか? 日本市場というのは日経225先物、TOPIX先物の2つがあり、ニューヨーク市場というのはNYダウ、NASDAQ、S&P500の3つがあります。全部で6種類の組み合わせができます。どれが市場効率がいいのか、検証しました」(堀川)。すると、S&P500を見て、TOPIX先物を取引するのが、逆張り基本のマエストロにとっては、もっとも利益が出せることがわかった。

つまり、マエストロとは「S&P500を指標とし、TOPIX先物を逆張りする」という実にシンプルなことを毎日繰り返しているのだ。しかし、このシンプルさにたどりつくまでには膨大なデータ分析が必要だった。

米国3指数と日経平均との関係(2004/1/02~2009/12/31)

上昇 日経前日比上昇 日経前日比下落 上昇=上昇
S&P500 784 585 161 74.6%
NYダウ 795 560 204 70.4%
ナスダック 812 576 198 70.9%
下落 日経前日比下落 日経前日比上昇 下落=下落
S&P500 654 465 165 71.1%
NYダウ 718 495 191 68.9%
ナスダック 701 501 175 71.5%
※ 上記表では、米国市場が前日比上昇した翌日は、日経平均も7割方上昇。米国市場が前日比下落した翌日は、日経平均も7割方下落している。「最も素直に反応するのは、S&Q500と比べた時である。よって、米国市場が上昇または下落したかを判定するのは、S&P500が最適と考える」(堀川)

米国3指数と日経225先物が寄り付いた後の関係(2004/1/02~2009/12/31)

上昇 日経寄り後上昇 日経寄り後下落 上昇=寄り後上昇
S&P500 784 338 400 43.1%
NYダウ 795 365 384 45.9%
ナスダック 812 379 384 46.7%
下落 日経寄り後下落 日経寄り後上昇 下落=寄り後下落
S&P500 654 344 280 42.8%
NYダウ 718 390 297 41.4%
ナスダック 701 376 297 42.4%
※ 上記表では、米国市場が前日比上昇した翌日でも、225先物は寄付きからは45%程度しか上昇しない。「よって、米国市場が上昇した翌日は、225先物は寄付き売りが有利」(堀川)。米国市場が前日比下落した翌日でも、225先物は寄付きからは42%程度しか下落しない。「よって、米国市場が下落した翌日は、225先物は寄付き買いが有利」(堀川)

マエストロは「荒れた相場に強い」システム

「なぜ逆張りがうまくいくのか。ニューヨークが上がると、人の心には、日本も上がるのではないかという幻想や期待感が生まれてしまうのです。その幻想や期待感が数百円分高く寄付きの価格を押し上げてしまう。それが適切な価格に戻るところで、マエストロは利益を取りにいっています」(堀川)。

「マエストロは荒れた相場に強いシステム」と語る堀川氏

実際、リーマンショックの年には、1枚あたり600万円=600ティックほどの利益があったという。このような大変動が起きている時期には、人の幻想や不安感も増幅されるからだ。「ですから、マエストロは荒れた相場に強いシステムです」(堀川)。

さて、堀川氏の"なぜ?"は、まだまだ止まらない。「なんで寄付きで逆張りして、大引けで手仕舞うの?」と考えたのだ。寄付きとは基本的に9時0分のことだが、9時1分ならどうなの? 9時2分ならどうなの? これも検証してみると、9時x分にもっとも利益の出るスイートスポットがあることがわかってきた(さすがに何分かは"トップシークレット"だ)。

さらにある投資家と雑談していると、一日のうちの最高値というのは何時ごろにつくのかという話題になった。すると、その投資家は「12時35分~12時40分ぐらい」と答えた。前場が終わると、前場の統計がネットなどにさまざまな情報が掲載される。値上がり率の高い銘柄なども表示されるため、12時30分に後場が開くと投資家が買いに走る。それで12時35分~12時40分に高値がつくのだという。

「9時x分に仕掛けたとして、12時35分に決済するのがいいのか、それとも引ける間際2時55分に決済するのがいいのか、それとも大引けで決済するのがいいのか。その組み合わせをすべて検証した」。現在のマエストロは、厳密には「寄付きで仕掛け、大引けで手仕舞う」ではなくなっている。

マエストロはトレードシステムだから、感情のないプログラムである。しかし、中には、堀川氏の"熱い思い"が宿っているのだ。