人生の半ばにして視力を失う「中途失明」。米国では中途失明の病因のトップが「加齢黄斑変性(age-related macular degeneration)」、第2位が「網膜色素変性症(retinitis pigmentosa)」だと言われている。これらの病気は、眼球内で光を電気信号に変換する細胞(視細胞)の働きが失われることによって起きる。言い換えると、視細胞以外の機能は正常であることが多い。

そこで眼球内に微小なシリコン太陽電池のアレイを挿入し、光を電気信号に換える機能を代替することで視力の回復を図る研究が進められている。その最新の研究成果が、電子デバイス技術に関する世界最大の国際学会「IEDM2009」で発表された。

発表したのは米Stanford Universityの研究チームである(講演番号26.2)。シリコン太陽電池アレイのチップを外科手術によって患者の眼の網膜と網膜色素上皮の間に埋め込む。太陽電池の出力は網膜の神経線維に接続される。太陽電池を埋め込まれた患者は、専用のゴーグルを装着することで視力を得る。

中途失明者向けの視力回復システム(IEDMのプレスキットから抜粋)

専用ゴーグルはビデオカメラと演算処理回路、プロジェクタ、ミラーを内蔵しており、ビデオカメラで撮影した外界の映像信号をパルス状の赤外線信号に変換する。われわれは通常、連続的な可視光を検知することで外界の姿を認識する。これをパルスと赤外線に変換する理由は2つある。連続信号をパルス信号に変換するのは、神経繊維は電気パルスを伝達するからである。あらかじめパルス光に変換することで、太陽電池アレイの出力が電気パルスになる。可視光を赤外線に変換するのは、シリコン太陽電池の感度が可視光よりも赤外線に対して高いからである。太陽電池での光電変換効率を高めるために、赤外線にしておく。

シリコン太陽電池でパルス電気信号に変換された後は、神経線維を経て大脳の視覚野に電気信号が到達する。視覚野で外界の映像として認識される仕組みである。言い換えると、専用ゴーグルの演算処理回路が格納する処理アルゴリズムが、視覚野でどのように認識されるかの決め手となる。たぶん始めは、アルゴリズムは未完成の状態なのだろう。専用ゴーグルを装着した患者に標識となる映像を認識させ、アルゴリズムを調整していく作業工程が必須となるだろう。

Stanford Universityの研究チームは、ブタの眼球を想定してシリコン太陽電池のアレイチップを設計し、試作した。まずは、7個×7個のマトリクス状に太陽電池をならべたシリコンダイを製造した。シリコンダイの外形寸法は1.775mm角。太陽電池の大きさは0.23mm角である。

マイクロマシン技術で製造したこの太陽電池チップは、曲げられるという特徴を備える。このため、眼球の曲率半径に合わせて太陽電池チップを曲げて挿入できる。さらに、電源とデータ処理回路が不要という利点がある。

ブタの眼球にシリコン太陽電池アレイを載せたところ。下地は眼球の脈絡膜(IEDMのプレスキットから抜粋)

ブタの眼球にシリコン太陽電池アレイを載せたところ。下地は眼球の網膜色素上皮(IEDMのプレスキットから抜粋)

試作した太陽電池アレイチップは2種類ある。1つは、1画素当たりに1個のダイオードを搭載したチップ、もう1つは、1画素当たりに3個のダイオードを搭載したチップである。1個のダイオードを搭載したチップはモノクロ映像、3個のダイオードを搭載したチップはカラー映像の認識を想定したものとみられる。

1個のダイオードで構成した太陽電池(画素)。大きさは0.23mm角(IEDMのプレスキットから抜粋)

3個のダイオードで構成した太陽電池(画素)。大きさは0.23mm角(IEDMのプレスキットから抜粋)

Stanford Universityの研究チームはさらに、太陽電池(画素)の大きさを0.115mm角に縮小し、マトリクスの規模を14個×14個と大きくしたシリコン太陽電池アレイも試作してみせた。アレイチップの大きさは2mm角である。試作した太陽電池アレイに波長が904nmの赤外線レーザー(出力60μW程度)を照射したところ、0.5~0.6Vの出力電圧を得ている。

14個×14個の太陽電池を並べたチップ(シリコンダイ)。1画素を1個のダイオードで構成したタイプ(IEDMのプレスキットから抜粋)

14個×14個の太陽電池を並べたチップ(シリコンダイ)。1画素を3個のダイオードで構成したタイプ(IEDMのプレスキットから抜粋)