日本航空(JAL)は、2008年11月にSAPのERPパッケージをベースにした新整備統合システム「JAL Mighty」を全面稼働させた。JAL Mightyは、約6000人の整備士が利用する世界最大級の航空整備業務システム。導入プロジェクトは「JAL DREAM Maint」と名付けられ、3年半の長期にわたって進められた。

プロジェクトのミッションはシステムを構築することだけではない。業務プロセスの改善という大きなテーマが与えられ、その中でシステムをいかにして業務に定着させるかという点にもかなりの力が注がれていた。

投資額が大きいだけに、定着の失敗は許されない。その重責を負ったのが、同プロジェクトのチェンジ・マネジメント/トレーニンググループを率いた加藤達也氏と、パートナーとして参画したエル・ティー・エス 取締役副社長・李成一氏である。今回は、両氏に、プロジェクトの歩みや、定着化に向けての取り組みなどを聞いたのでその模様をお伝えしよう。

JAL Mightyシステム

「JAL Mighty(ジャルマイティ)」は、2008年11月に稼働した日本航空の新整備業務システム構築プロジェクト。

このシステムは約160機の機体、460基のエンジン、50万個の装備品それぞれの整備計画や品質管理、部品在庫管理を行い、約6,000人の整備士等がユーザーとして利用するもので、SAPのERPパッケージが有する標準機能19モジュールを使用した、世界最大の航空機整備業務システムとなった。

「JAL Mighty」の導入により、航空機の整備計画、品質管理、部品在庫管理および整備士の資格管理等に関わる約100の業務システムがSAP ERPパッケージに統合され、業務プロセスの標準化、情報のリアルタイム化・共有化を実現することにより、航空機機材や部品の整備計画管理、品質管理業務等が効率化とともに、安全性の向上が実現している。

ユーザーに受け入れられないシステムはうまくいかない


――JAL DREAM Maintプロジェクトという世界最大級のプロジェクトを振り返って、どのような感想を持たれていますか。

JALウェイズ 執行役員/整備部長の加藤 達也氏。JAL DREAM Maintプロジェクトのチェンジ・マネジメント/トレーニンググループを率いて、システム定着化を成功させた

加藤氏: 私のチームでは、主に意識改革であるチェンジ・マネジメントやトレーニングの領域を担当していました。私自身は、すでにプロジェクトが立ち上がっていた2006年4月からプロジェクトに参画したのですが、2008年11月にシステムが稼働するまで3年間担当をしました。それらの観点から言えば、今回のプロジェクトについては、ユーザーの規模が大きいということもあり、意識を変え、ユーザーにいかに利用してもらうかという点で、コミュニケーション施策・マニュアル作成・トレーニング実施という領域では非常に苦労しました。

どんなにいいシステムでも、ユーザーに使われない、ユーザーに受け入れられないものでは、うまくいきませんからね。

李氏: 外部の目で見て感じたことですが、他社と比べて、JALさんではプロジェクトメンバーの意識の高さ、チェンジ・マネジメントに対しての重要性、必要性の認識レベルが違っていましたね。規模が大きくなれば、それなりの体制が必要になります。重要性を認識し、チェンジ・マネジメントグループという組織をしっかりと築き、必要な部分は外部パートナーを活用するという判断をした点が成功のポイントだったと思います。

実際の業務とシステムを見える形で結び付ける


――ユーザートレーニングでは、具体的にどのような点に苦慮されたのでしょうか。

加藤氏: ユーザー規模が大きいという点もあるのですが、実際の業務とこれから取り入れるシステムがどう結び付くのかをユーザーにとって分かりやすく見える化するという点が非常に苦労しましたね。

外部ベンダーの活用という点では、航空業界というのは特殊な世界で、専門用語はありますし、我々にとっては常識であっても社外の航空業界に慣れていない方にとっては非常に難しい内容もあります。エル・ティー・エスさんにはしっかり勉強していただいて、業務と結び付くトレーニングを考えていただきました。たとえば、休日に実際の現場に出向き、「整備作業が実際にどのように進むのか」「どのような帳票を使っているのか」など大事なポイントを見ていただいて、業務理解度を深めていただきました。

エル・ティー・エス 取締役副社長の李 成一氏。JAL DREAM Maintプロジェクトをパートナーという立場からバックアップした

李氏: 操作を教えるだけでは、ユーザーの方の頭の中には何も残りません。業務とシステムのつながり、現行業務からの変更点を伝え、理解、納得してもらうことが重要ですね。

加藤氏: エンドユーザーの対象者は5,000名にのぼります。このエンドユーザーにトレーニングを実施する前に、キーユーザー約350名を選定し先行的に育てていくことにしました。その後、キーユーザーやプロジェクトメンバーがトレーナーとなり、職場に展開していくというアプローチをとりました。

李氏: このようなアプローチなので、キーユーザーが十分に理解しなければ、当然エンドユーザーの理解度も高まりません。当社のメンバーもキーユーザートレーニングの講師を担当しましたが、トレーニングの品質・キーユーザーの理解度を高めるという点で工夫しました。やはり、一番の鍵は、我々自身の業界知識の理解度を高めて、業務とのつながりを教えたことだと思います。

――SAPユーザーの中には、SAPの場合は、標準機能中心に操作方法を教えれば大きな問題は起きないだろうというお考えの方もいらっしゃいます。

加藤氏: それは危険なところです。単純に入力方法や、個々の操作のポイントは教えられても、実業務でどのように使うか、背景の業務処理にどのような影響があるのかなど、実際の業務に結び付けて理解させるのは難しい。今回は、エル・ティー・エスさん側も積極的に実際の現場に行かれ、我々の業務を勉強された。そして我々も業務は知っているが、システムをどのように使えばいいか、業務とどのような関係があるのかを中心に学びました。このように一体となって進めたことが成功の秘訣だと思っています。