スパコンが地球を救う

SC09の1つの目玉は、アル・ゴア元副大統領の講演である。ゴア氏はクリントン大統領の副大統領を務め、2000年にはブッシュ氏と大統領を争い、僅差で惜敗したという経歴の政治家である。環境問題にアクティブで、「不都合な真実」の著者でもある。

このゴア氏がSC09で基調講演を行ったが、その時は、ポートランドコンベンションセンターの中央の入り口からは入れず、横の入り口から一列で入場し、係員がバッジなどを確認してチェック済みの紙バンドを手首に巻き、それが付いていないと講演が行われるホールのある2階には上がれないなど、警備が強化されていた。また、SC09では報道陣は写真や録音は、妨げにならなければ許可されているのであるが、ゴア氏の講演ではこれも禁止され、講演中も警備員が通路を歩き回ってカメラを構える人を制止していた。

SC09にて講演するゴア元副大統領(出所:SC09 Webサイト)

また、その他の講演では空き席もかなり見られたが、ゴア氏の講演だけは満席の盛況であった。

ゴア氏は、副大統領を辞めてから、ドライブしているときにバックミラーを見たら、護衛の車が付いていないことに驚いたとか、レストランでおばさんが前を行きつ戻りつしてから「髪の毛がもう少し黒かったら、ゴアそっくり」と言われたとかの逸話で笑いを誘い、聴衆を引き込んでいく演説は流石であった。そして、スパコンに関しては、気候変動のような危機は、人間は直接に感じることが出来ない。スパコンを使うことにより、将来、それがどのような危機を引き起こすかを示すことができ、それが政治を動かすという点で大きな意義があると述べた。オゾンホール拡大の発見から、原因となるフロンなどの回収や新規使用の禁止で環境の回復に成功した例を挙げ、温暖化に対しても、今すぐに行動を起こす必要があると述べた。

IntelのJustin Rattner CTOは3D Webが将来の方向と主張

IntelのCTOであるJustin Rattner氏はHPC(High Performance Computing)のマーケットの伸びは小さく、大きく伸びるためにはキラーアプリケーションが必要である述べ、その可能性として「3D Web」を挙げた。3D Webは連続的にシミュレーションを行い、その結果を3Dアニメーションで表示し、あたかもその中に浸るような経験を与え、その中で他の人とも協調して動けるような環境であるという。

Rattner氏の講演タイトル(映し出されている人物はRattner氏のアバター)

講演するRattner氏

その例として、ユタ州立大学のDuffy氏のシダの生育シミュレーションやファッションデザイナのWinkler氏のドレスのデザインへの応用などの例を示した。

そして、このような用途には高い性能が必要となると述べて、8コアのNehalem EXやLarrabee GPUを紹介した。また、Larrabeeについては実機でデモを行い、単精度浮動小数点での行列積を実行させ、その性能をスピードメータ形式でスクリーンに表示し、700GFlops程度の性能が得られることを示した。その後、CPUとGPUの協調について述べ、最後にこれをオーバクロックして1TFlopsになるかどうかやってみようと述べてエンジニアに指示をすると、平均的には900GFlops程度であったがピークでは1TFlopsを若干超える値が表示され、会場から拍手が沸いた。

シダの生育シミュレーション気候(パラメタを変えると状況が変わる)

HPCでファッション業界を効率化するというスライド

Rattner氏の言うようにシミュレーションや3Dアニメーション表示が広く使われるようになるのはもっともと思うが、かつて、スパコンで行われていた構造解析が、マンションのビル程度ならパソコンで出来るようになっており、このような用途が一般化して大きなマーケットになる時期には、それはワークステーションやハイエンドのパソコンで実行できるようになっており、伝統的なHPCマーケットの定義とは一致しないと思われる。

Lee Hood教授はP4医薬の可能性について講演

Lee Hood教授は最近、米国の医療で叫ばれている「P4 Medicine」、すなわち"Predictive, Preventive, Personalized, and Participatory Medicine"の可能性について講演を行った。

こうした取り組みとして、例えば狂牛病では、細胞内の各小器官の間でどのように病変が進むかをシミュレーションで求めることができ、解剖学的に病変が認められるようになるよりずっと前から小さな病変が起こっており、その結果として血液中に病変に対応した各種タンパク質が放出される。したがって、病変の指紋とも言えるこの微量のタンパク質の組み合わせを検出することができれば、早期に病気を発見できる。

また、病変に対してどのようなタンパク質が放出されるかは遺伝子で決まり、個人の遺伝子を解析しておけば、どのタンパク質をモニタすれば良いかが分かる。

高速の遺伝子解析と、病変タンパク質を検出するバイオチップにより、個人に最適化した診断と治療薬を用意することにより、ITを利用した医療は大きく変わると述べた。

国立情報学研究所の三浦教授がSeymour Cray賞を受賞

スパコンの天才と言われるSeymour Cray氏を記念する、スパコンのハードウェア開発関係では最高の栄誉である「Seymour Cray賞」を、国立情報学研究所の三浦謙一教授が受賞した。Cray賞は2006年に理研の次世代スーパーコンピュータ開発本部の渡辺氏が受賞しており、日本人としては2人目の栄誉である。

Cray賞の受賞記念講演は、受賞理由となった過去の業績を振り返り、最後に最近の活動に触れるというのが一般的なスタイルで、三浦教授もイリノイ大学時代のILLIAC IVの開発のエピソード、続いて富士通でのスパコン開発について述べ、最後に国立情報学研究所でのグリッド開発について述べて講演を締めくくった。

Cray賞を受ける三浦教授(右)

受賞理由の1つであるElectron-Gamma Monte Carlo計算のベクトル化手法を説明する図