"メディア王"の名を持つ事業家が、オンラインビジネスにおける究極の課題にチャレンジしようとしている。ニュースコンテンツを無料で配信するのか? あるいは有料化すべきなのか?──経済不況で広告収入が激減するなか、米News Corp. CEOのRupert Murdoch氏は「傘下のすべてのニュースサイトを有料化する」という号令を下した。

「配信手段は安価になってもコンテンツは"タダ"ではない」

News Corp.によるオンラインニュースサイトへの1年以内の課金計画は、8月5日(米国時間)に行われた同社会計年度で2008年第4四半期決算報告の中で発表された。同社会長兼CEOのRupert Murdoch(ルパード・マードック)氏は会見の中で「2008年度はかつてない厳しい年となり、経済情勢からみて次年度の状況も不透明だ」と述べ、今後も厳しい情勢が続くことを示唆する。その対策のひとつとして示したのが上記計画となる。「デジタル革命は非常に多くの新しくて安価な配信手段を生み出したが、コンテンツそのものは無料ではない。われわれは傘下のすべてのニュースサイトに課金を行う計画だ。質の高いジャーナリズムは安くはない」というのが同氏の意見だ。

WSJのサブスクリプションモデルを各媒体が導入か(画面はWSJサイトトップ)

現在、多くのニュースサイトは広告収入をベースに記事を無料配信しており、サブスクリプションによるニュースコンテンツ課金に成功しているのはNews Corp.が買収した米Wall Street Journalがほぼ唯一という状態だ。米New York Timesも過去何度かにわたって記事の有料化にチャレンジしているが、最終的に無料配信へと戻ってきてしまっている。このように、有料化に見合っただけの会員を集められていないのが現状だとみられる。だが一方でWebの広告で得られる収入はそれほど大きくなく、ましてや昨今の不況で企業が広告費を抑制する中では減益もやむを得ない。一説には、New York Timesが紙の新聞から撤退し、すべての売上をオンラインから賄おうと考えた場合、Webサイトに必要なページビュー(PV: 閲覧回数)の数は現状の7-10倍程度は最低でも必要といわれる。ある程度成熟したWebサイトでPVを数倍に増やすのはかなり至難の業であり、つまりこれは現実的に達成不可能な目標だといえる。

否定的なライバル

WSJの報道によれば、News Corp.が新たに課金を検討しているのはオーストラリアの地元新聞、英国のタブロイド紙 "The Sun" と "News of the World"、そして米国の "Fox News Channel" だという。狙いのひとつには、業界でも大手の一角が有料化に先鞭をつけることで、他の媒体も追随するだろうという思惑があると思われる。だが、これら競合紙ではむしろNews Corp.の判断を競合で優位に立つための好機と考えているようだ。英Telegraphでは今回の件について、むしろライバルである英Daily Mirrorなど、敵に塩を送る結果になるのではないかと分析している。

必要なのは読者の視点

またNews Corp.に関するもうひとつの不安は、オンラインに関する戦略が一貫していないことにある。以前、News Corp.がWSJ発行会社であるDow Jones買収を画策していた際、Murdoch氏は課金モデルで成功していたWSJを無償化し、より読者とPVを増やすことで広告収入を上げると表明していた。だが買収後はその計画を取り止めている。一方で広告収入減少に直面すると、今回のようにすぐにコンテンツへの課金を表明するなど、それによって生じる影響を過小評価している。もし読者の立場に立った場合、こうした一貫しない行動は信頼性の低下につながり、サイトへの求心力が減ってしまう。

有料化においては、それに見合ったメリットを提供できるかなど、それなりの理由が必要となる。例えば筆者はWSJのオンライン・サブスクリプションを毎月10ドル支払って契約しているが、(1) メールアラートによる重要ニュースのリアルタイム配信、(2) 過去のすべての記事のアーカイブと検索システム、(3) スクープ性の高さ、という3つの理由が決め手となっている。特にメールアラートと過去記事検索は筆者のような執筆業には必須の機能であり、仕事上での大きな助けとなっている。しかもこの2つの機能はネットという特性をよく活かしたサービスだ。振り返って、有料化を検討しているニュースサイトの数々は、こういったメリットをきちんと提供できているのだろうか。情報を本当に必要としている人ならば、そうした情報源にはそれ相応の対価を支払おうとするものだ。