エントランスで「フェアレディZ」の"骨"(ホワイトボディ)が迎えてくれる、21_21 DESIGN SIGHTで開催中の「骨」展は、自動車のように現存する工業製品に始まり、著名アーティストやデザイナー、学生、さらにからくり人形師が創造したさまざまな"骨"が展示されている。会期は8月30日まで。本展のディレクターを務めているのは、さまざまな工業製品や家具などのプロダクトデザインを手がけてきた山中俊治氏だ。デザイナーであり、技術者であり、教育者でもある山中氏の視線の先にある、未来の骨格とはどのようなものか? 本展はそれを垣間みられる、"骨のワンダーランド"だ。

第5回企画展 山中俊治ディレクション「骨」展は、東京ミッドタウンの裏手に広がるミッドタウン・ガーデン内にある21_21 DESIGN SIGHTで開催されている

日産自動車/「フェアレディZ CBA-Z34」2009 自動車。ホワイト(空白の)ボディと呼ばれる自動車の基本骨格。強度と剛性のためにさまざまな形の凹凸がつけられている。また、無数にある直径数ミリの丸い焦げ目のようなものは鉄板を張り合わせるスポット溶接の痕だ。山中氏のブログでは本作品の搬入の際の苦労が語られている

過去に学び、未来の"骨格 "をデザインする

山中氏は腕時計から鉄道車両にいたるまで、実に幅広い工業製品をデザインするデザイナーであると同時に、ヒューマノイド・ロボット「morph 3」や8輪ロボットカー「Halluc II」など、サイエンスの分野でも注目されるプロトタイプを研究者と共同開発してきた技術者でもある。なかでも代表的なデザインとしては、日常でごく当たり前のように使われている「JR東日本SUICA自動改札システム」の、微妙に手前に傾いたアンテナ面(カードをタッチする面)がある。さらに、1991年に東京大学助教授、2008年からは慶應義塾大学教授を務める教育者でもある。

本展ディレクターの山中氏と、氏の頭蓋骨コピー。頭蓋骨は、頭部CTスキャンデータをもとに、3次元プリンタを使って作られた山中氏の頭蓋骨のコピーだ

山中氏が本展のテーマの中に"過去の骨格に学び、未来の骨格をデザインする"と掲げているように、本展の展示は、「標本室」と「実験室」に分かれたユニークな展示スタイルとなっている。「標本室」では文字通り、既存の工業製品の骨を展示した"過去の骨格"を学ぶものとなっている。そして、「実験室」では、さまざまなタイプのデザインされた"未来の骨格"が並んでいる。実にユニークなさまざまな骨が展示されており、来場者を飽きさせない。会場構成はトラフ建築設計事務所が担当した。

標本室には、実際のダチョウの骨格標本が置かれ、写真家・湯沢英治氏の写真集『BONES - 動物の骨格と機能美』の動物たちの骨格の美をとらえたモノクローム写真の展示からはじまる。続いて、イギリス人写真家のニック・ヴィーシー氏の写真集『X-RAY』より、X線を通じて数々の工業製品を描写した、見た事のないような美しいプロダクトの骨格が浮かび上がっている。この他、さまざまな企業の協力によって出展された工業製品の骨も展示されている。

ニック・ヴィーシー/写真集『X-RAY』より。ヴィーシーは大規模なX線撮影スタジオを持っているとの事だが、この航空機のX線写真は一体どのように撮影したのだろう?

ソニー/サウンドエンターテインメントプレーヤー<ローリー>ソニー株式会社 2007。小さな楕円形の筐体にリング状態の骨格に6個のモーターや電子部品が整然と並んでいる

G9 岩崎一郎氏(イワサキデザインスタジオ)/iida(KDDI株式会社)携帯電話機 2009 協力:ソニー・エリクソン・モバイル・コミュニケーションズ。キートップ、ディスプレイ、バッテリ、さらにスライド機構まで、極限まで薄く作られており、ただカードを並べたように見える

山中俊治(リーディング・エッジ・デザイン)と慶應義塾大学山中俊治研究室が企画・提案した義足のプロトタイプ。自転車用義足(左)とスプリンター用義足。これまでの義足は健常者と同じ姿に近づけるものだったが、北京パラリンピックではこうした用途に特化した義足を使う事で、健常者と同等の記録を出す事に成功している。より美しく機能的なデザインが次世代の義足となる

「骨格」に宿る「生物らしさ」

実験室と称された広い展示室には、実にさまざまな骨が展示されているが、とりわけユニークな存在感を放っているのが、いくつかのロボット作品だろう。

3本足で不可思議な構造を持つロボット『WAHHA GO GO』は、土佐信道氏プロデュースによるアートユニット明和電機の作品。明和電機と言えば、魚の骨をモチーフにしたナンセンスマシーン『魚器(NAKI)』シリーズなど、アート作品を製品として流通させるなど、その活動もユニークだ。このWAHHA GO GOも明和電機らしい作品で、センターにある輪を手で回すと、そのパワーが伝わって頭部に設置された笑うためだけの口が開いて笑うというもの。手で回すのが大変な場合は把手をつけてまわせるあたりもトボケた味を出している。人に似せたり、人の手伝いをさせようというロボットが多く存在するが、土佐氏のロボットは笑うだけなのだ。

明和電機/WAHHA GO GO 2009 音響彫刻。脳は持たず、感情もなく……ただ「笑う」WAHHA GO GOといつもの青い作業服を身にまとった土佐氏

takram design engineeringの『Phasma』もロボット作品だ。こちらは生き物の形状ではなく、走りの力学的原理を模倣した六足走行のロボットだ。機能のみを形にした事で、機能を実現する骨格が作品を形作っている。本来なら、これらの機能を掌る部分は製品の外殻に覆われ、効率よく仕舞われて、見えなくなる部分だが、骨として機能がむき出しになる事で、逆にダイナミックな骨のみのロボットになっている。「Phasma」とは魂や息を意味するラテン語という事だ。展示は作品が無軌道な動きをするために、ワイヤーで固定されているが、まるで動きたいという意思だけが空回りしているようで、なぜか痛々しい。それはPhasmaに見事に動くという強い意思が植え付けられているからだろうか。実際にどう動くかはモニタの映像で見る事ができる。

同展ディレクターの山中氏が慶應義塾大学山中俊治研究室の研究として制作した『Flagella』もユニークなロボットだ。「鞭毛」の意味を持つFlagellaの動きはまさに鞭毛運動のようだが、クネクネ、うねうねとうごく5本のアーム部分は、形状の組み合わせにより、軟体のように見えるだけで、実は硬い素材でできている。山中氏の指導のもと制作を行なったのは、こうしたプロダクト制作は素人同然の大学院生で、大変苦労をして完成にこぎ着けたそうだ。今後はさらに複雑な動きをさせられるように改良していきたいということだ。

takram design engineering/Phasma 2009 六足歩行ロボット

慶應義塾大学 山中俊治研究室/Flagella 2009 ロボット

過去から継承する匠の技

究極のロボット(?)と言えるのが、からくり人形師九代目玉屋庄兵衛と山中俊治のコラボレーション作品の「骨からくり『弓曵き小早舟』」だ。山中がデザインした人形を設計図なしで形に、弓を放ち、船の先端に備えられた的に当てる、というからくり人形を形にしている。通常は人形を作るのがからくり人形師の仕事なのだが、今回は的が船につけられている事から、船も制作することになったのだそうだ。玉屋氏は、船を作ったのは今回が初めてのことだという。

尾陽木偶師(びようでくし)、玉屋庄兵衛は、享保から続く、名古屋のからくり人形師。からくりのしくみはこれまで門外不出とされた秘術だが、現在の九代目はこれを積極的に公開していこうと考えているという。今回、からくりの動きがむき出しになってしまう骨というコンセプトを持った、作品制作の協力依頼があった際も、「面白いと思い、すぐに(協力の)返事をしました」(玉屋氏)という。これもそうした前向きな姿勢からと言えるだろう。

玉屋氏+山中氏/骨からくり『弓曵き小早舟』2009 からくり人形

「むき出しの骨だけの人形を作る事よりも、はじめて船を作った方が大変でした」と玉屋氏。弓を射る実演はスタッフが毎週末に行なっているそうなので、ぜひ見逃さないでいただきたい

山中氏がデザインした骨からくりのデッサン。玉屋氏は、設計図を引くと言う山中氏の申し出を断り、この絵から制作したという

未来へ向けたインタラクティブな「骨」作品

その他にもインタラクティブな作品を中心にさまざまな作品が展示されているので、一部を紹介しよう。

参/失われた弦のためのパヴァーヌ 2009 楽器(インタラクティブ作品)。ピアノのアクション(鍵盤上の指の動きをハンマーに伝え、弦を振動させるピアノ内部の仕組み)のみを生かし、光を紡ぎ出す楽器。ピアノという楽器が存在しない世界で、忘れ去られていた楽器というコンセプトで生み出された、光と音の幻想的な作品だ。参/MILEは音響エンジニア、ソフトウェアエンジニア、インテリアデザイナーの3名によるデザインプロジェクト。ユーモアのあるストーリーで、人・モノ・空間を心地よく結ぶデザインを行っている

前田氏/骨蜘蛛 2009 彫刻。今回の展示でもっとも生物的な特徴を持った作品が、この「骨蜘蛛」。しかし、蜘蛛は実際には外骨格であり、内骨格として表現されるのはあり得ない。ありそうでない表現がまるでゲームや映画の世界から飛び出てきたような錯覚を覚える

MONGOOSE STUDIO/Galvanic Frame 2009 家具(インタラクティブ作品)。座る人の位置や荷重を光で表現する、力の伝達を視覚的に知ることのできる構造体のベンチ。MONGOOSE STUDIOは、インタラクティブな要素を含んだデザインを得意 とするクリエイティブ集団で、座ったり触たりすることで光や色が変化するファニチャー「fuwapica」など、コミュニケーションをテーマにした作品などで知られる

緒方壽人氏 + 五十嵐健夫氏/another shadow 2009 映像(インタラクティブ作品)。壁に映った自分のシルエットが「もうひとつの影」となって動き出す、コンピュータサイエンス研究者とデザインエンジニアによるインタラクティブな映像作品

リーディング・エッジ・デザイン/ナビゲーションシステム。作品を紹介するナビゲーションシステムで、テーブルに置かれた紙を操作すると、天井に設置されたプロジェクターより映像が映し出される