デザイナーのクリエイティビティとプロダクティビティをサポートする雑誌『+DESIGNING』(弊社刊)。5月より月に1回、講師を招いた少人数制のワークショップを主催することになったが、ブックデザイナーの祖父江慎氏を迎えて第1講が行われた。その模様をレポートしてみたい。

講師と受講者の距離を縮めたワークショップ形式で行われる「+DESIGNING SCHOOL」は、月に1回、著名デザイナーをはじめとしたゲストを迎えて行われるミニセミナー。毎回30名前後の読者を対象にして、デザインに関連する講義を中心にさまざまな試みが行われることになっている。5月末に行われた記念すべき第1講は、本誌でもお馴染み、ブックデザイナー祖父江慎氏による「文字、書体、フォントデザイン」。講義は、祖父江氏の監修した『フォントブック』(弊社刊)に触れながら、文字や日本語の歴史、ひらがな、カタカナ、漢字の使われ方について、随所に書体との関連を織り交ぜながら進められ、最後は受講者からの質疑応答も行われた。

『フォントブック』に触れながらフォントの解説をする祖父江氏

祖父江慎監修による書籍『フォントブック』。左は和文の基本書体見本帖「和文基本書体編」(四六版/1,056ページ/3,150円)、右は伝統書体とファンシー書体を網羅した見本帖「伝統・ファンシー書体編」(四六版/864ページ/3,150円)

文字の歴史、日本語の特徴

祖父江氏の講義は、文字の歴史からスタート。文字とは甲骨に入った亀裂をみて吉凶を占うなど、神との対話のための手段だったとのこと。自然に出てくるものであるがゆえに、文字は神のものであったと説明。時を経て漢字が生まれるも、書き順はなく、左右対称で幾何学的であるなどとその特徴を語った。その後、書き順も誕生し、神のものであった文字が人のものになってくるなど、図版を見せながら解文字と歴史の解説を行った。

続いては、日本語について。日本語は、音から文字へ発展した経緯があるので、表記の統一性がなかったことを特徴とし、『徒然草』を例に挙げ、同じ内容でも刊行物により表記の体裁にいくつものバリエーションがあることを紹介。他文化と大きく異なる点として位置づけた。また、通巻本のタイトルを毎回異なる表記にしたり、本文中に同じ文字が繰り返される際に、異なる表情に変えたりと、文字にまつわる文化として「揃えない美学」があったことも指摘。その他、明治期の教科書では、ひらがな、カタカナ、漢字、記号など、統一の使い方が設けられていなかっため、ひらがなだけのページの次ページはカタカナだけであったり、あるいは、助詞「は」と「わ」の区別がなかったりなど、たくさんのサンプルを見せつつ解説した。

祖父江氏による講義風景。多くの図版をモニタに映し出して講義を行った

ブックデザインを通した文字への試み

文字の歴史や日本語の特徴を踏まえたうえで、祖父江氏がブックデザインを手掛けた最近の書籍と、それにまつわる組版やフォントを使った試みを紹介。合成フォントやフォントの選び方、設計についてなど、実務的かつ展開のある話しがなされた。たとえば、『南極「人」』(京極夏彦著/集英社刊)は、近年のベストセラー小説をパロディ化した小説集。内容に合わせた体裁を考えたため、元の小説と同じ書体、行間などを用いて設計し、各小説の組版をそれぞれの小説ごとに行っているとのこと。また、『秒読み』(筒井康隆著/福音館書店刊)では本文書体で多岐にわたる書体をブレンドして使用し、『海竜めざめる』(ジョン・ウィンダム著/福音館書店刊)では1970年代の文字組みを意識し、『本デアル』(夏目房之介著/毎日新聞社刊)では、InDesignを使って明治後半に行われていた組版ができるかを挑戦、などといった試みが紹介された。

少人数だからこその深み

講義の最後には質疑応答が行われ「『祖父江フォント』は作らないのか?」、「フォントの管理はどうしているか?」、「文字に対して興味が湧いたのはいつ頃か?」などたくさんの質問が上がり、祖父江氏も実務的な内容に触れながら回答。少人数制ということもあり、活発な質疑応答がなされたため終了予定時刻を大幅に上回ってしまったが、デザイナーの言葉を間近で聞けるチャンスに受講者も真剣そのものだった。文字についてのセミナーということもあり、会場ではモリサワから書体についての説明がなされ、文字と組版にまつわる冊子が配られるなどの特典もあり、受講者にとっては充実した内容であったに違いない。今回のミニセミナーを終えて、小木昌樹編集長は次のようなコメントを寄せてくれた。

受講者からの質問に答える祖父江氏。詳細なメモを取る受講者も見掛けられた

「受講者の皆さんと講師の方の物理的、心理的な距離を近くし、双方向のコミュニケーションを取る場としてこの『+DESIGNING SCHOOL』を始めました。今回は遠く福島や岡山からも応募があり、最終的に40名の皆さんにご参加いただき、とてもうれしく思っています。さらに後半は活発な質問も出るようになったので、所期の目的は達成されたのではないでしょうか。運営面で受講者の皆様にご迷惑をお掛けした部分がありましたが、今後はそのあたりを改善し、よりよいワークショップにしていきたいと思っています」

ミニセミナーの今後については+DESIGNINGホームページに随時更新される予定。また、本誌にもアップデート情報が掲載されるので、こまめにチェックし是非とも参加して欲しい。