高エネルギー加速器研究機構(KEK)および日本原子力研究開発機構(JAEA)は、両者が共同で建設した大強度陽子加速器施設「J-PARC」のニュートリノ実験施設において、2009年4月23日19時09分、ミュー粒子の信号が、ビームラインの最下流部に設置されたミューオンモニタにより初めて確認されたことを明らかにした。ミュー粒子は、陽子ビームが物質に当たり生み出されたパイ中間子が崩壊した結果、ニュートリノとともに生成される素粒子で、今回の観測結果は、同施設がニュートリノを生み出したことを実証するものとなる。

J-PARCの全景写真

同実験施設は、KEKが中心となり設計、2004年度から建設が開始されたニュートリノビーム生成施設で、2009年3月に完成した。1999年から2004年まで行われたKEKの陽子加速器で生成したニュートリノビームをニュートリノ検出装置である「スーパーカミオカンデ」に打ち込む長基線ニュートリノ振動実験「K2K(KEK to Kamioka)実験」のおよそ100倍の強度を持つビームを生成することが可能であるが、これまで加速器から陽子ビームを受け入れるための調整作業が行われてきた。

J-PARCニュートリノ実験施設(KEK担当)のイメージ図と各部位の写真

実験は、J-PARCのメインリングからキッカーと呼ばれる電磁石を用いて蹴り出された陽子ビームを用い、多数の常伝導電磁石や超伝導電磁石、ビームモニターを軌道上に配列した"一次ビームライン"を通り西向きに曲げられ、ターゲットステーション内のグラファイト製標的に衝突させるというもの。

陽子ビームが標的に衝突すると、多数のパイ中間子が生成されることから、このパイ中間子を電磁ホーンと呼ばれる特殊な電磁石によって前方に収束させた後、ディケイボリュームと呼ばれる長さ100mのトンネルに入射し、飛行中にニュートリノとミュー粒子の対に崩壊させる。

これをビームライン終端部の地下約18mの実験室内に設置されているミュー粒子を観測することにより、間接的にニュートリノビームの方向およびその安定性を監視するための測定器「ミューオンモニタ」を用いて測定することで、ミュー粒子の信号が観測されたという。

ミューオンモニタの概要とその観測結果

これにより、ニュートリノビーム生成が始まったことが確認され、今後はこのビームを同地より295km離れたスーパーカミオカンデに向かって射出し、ニュートリノが飛行中に別の種類のニュートリノに変わるニュートリノ振動を詳細に調べる実験「T2K(Tokai to Kamioka)実験」が開始されることとなる。

T2K実験の概要図

具体的には、J-PARCで陽子をリニアックで加速後、3GeVシンクロトロンを経てメインリングに送り込み、陽子をキッカーで内向きに蹴りだし神岡の方向に向けた後、ターゲットに衝突させニュートリノビームに変換、スーパーカミオカンデに向けて発射するというもの。ニュートリノビームはJ-PARC内の前置検出器を用いても観測されているので、スーパーカミオカンデの観測結果と比較することで、"ニュートリノ振動"の研究が可能となるという。

この実験は、年間約1,600個のニュートリノを検出し、ニュートリノ振動現象の測定によってニュートリノが持つ未知の性質を解明し、物質をつかさどる法則の手がかりを得ることを目標としており、世界12カ国から400人を越す研究者が参加する国際共同実験となっている。

なお、ビームラインの調整および放射線施設としての運転時検査を目標とした今回のビーム供給は5月で一旦終了。KEKらは、残りのビームライン機器や前置検出器の据付、最終調整を行った後、2009年秋からビーム調整を再開する予定としており、その後、慎重にビーム強度を上げていき、スーパーカミオカンデにおける最初の事象を検出することを当面の目標とするとしている。