マイクロソフトが、"ICTの活用"をキーワードとした地方自治体との協力体制づくりを進めている。樋口泰行社長の言葉を借りれば、「ソフトウェア業界で成長させてもらったことに対して、得意分野でお返し」するための活動だ。今年1月に発表した『地域活性化協働プログラム』がその具体策となる。同社はこれまで「ビジネスとは切り離した」(樋口氏)企業市民活動の一環として、多くの自治体とともにITベンチャー支援、女性就労支援、ICT教育実践のための教員育成支援などを実施してきた。2009年からは個別提供だった各種支援プログラムをセット化。自治体が抱える課題に対し、複数の支援プログラムによる包括的なソリューションを提案できるようにした。

3月末時点で佐賀県高知県鳥取県が地域活性化協働プログラムの導入を発表している(初年度は5自治体が導入予定)。自治体ごとに実施内容は異なるが、いずれもマイクロソフトが得意とする"ICT活用"や"人材育成"のノウハウをベースに、支援期限を1年間とした共同歩調をとることになる。本レポートでは鳥取県を例に、同プログラムの内容について紹介していこう。

鳥取県とマイクロソフトの「地域活性化協働プログラム」の調印式にて。写真左より、樋口泰行 マイクロソフト 代表執行役 社長、平井伸治 鳥取県知事、中永廣樹 鳥取県教育委員会 教育長

鳥取県の取り組みを"ICTの活用"でサポート

3月26日、鳥取県知事公邸において地域活性化協働プログラムの調印式が行なわれた。県からは平井伸治知事、中永廣樹 教育委員会 教育長、マイクロソフトからは樋口泰行社長が出席。席上、平井伸治知事は「我々の生活はIT技術によって支えられている。これを産業振興の面でも、教育、高齢者福祉、地域づくりの面でも活用しなければならない」と、地域社会におけるICT活用の重要性について述べた。

鳥取県の人口は約60万人、全国でもっとも人口の少ない地域だが、一方でブロードバンドインフラの整備や教育施設へのIT機器設備率は全国トップクラスの水準にあり、女性の労働力率も高い。マイクロソフトは、そうした好材料を地域活性に活かしきれていない状況を、"ICTの活用"で改善させるためのノウハウを提供していく。地域活性化協働プログラムは6系統の支援を用意しており、鳥取県は次の5種類のプログラムの導入を決定した。

  • ITベンチャー支援プログラム……県内のITベンチャーに対し、技術面やマーケティング面でサポート。開発ツールの提供や専用サポート、各種カンファレンスへの招待などを行なう。IT地場産業を活性化させ、地域経済の発展を狙う。採択企業は、アクシスとアカデミアシステムズ。準採択企業(支援項目に制限)は、ITTRとLASSIC。
  • NPOキャパシティビルディングプログラム……県内で活動するNPO法人を対象としたICT活用講座を実施。申請書類の電子化など、経営の効率化や活動の効果をより高めるために必要なICTノウハウを身につける。
  • 高齢者向けICT利活用促進プログラム……シニア層に対するICT活用セミナーを実施。シニア対象のパソコンセミナーなどを開催しているNPO法人に対しても、マイクロソフトが用意する教材を利用して講師育成のための研修を行なう。
  • ICTスキルアップオンライン……マイクロソフトとICT教育推進プログラム協議会が共同開発したe-Learningプラットフォーム「ICTスキルアップオンライン」を導入。教職員は同サービスのオンライン研修を利用し、授業や公務でICTを活用するためのスキルを学ぶことができる。対象は、県内の小中高等学校および特別支援学校の教職員。
  • ICT活用ゲートウェイ……教職員向けのICT活用ノウハウポータル「ICT活用ゲートウェイ」(ICT教育推進プログラム協議会提供)に参加。教職員は同サイトから、他校のICTを活用した授業例を参照したり、授業用のテンプレートを利用したりできる。

覚書に署名する様子。写真右は覚書と署名に使われた特別製のペン

調印式とともに、ITベンチャー支援プログラムの採択企業および準採択企業への認定証授与式も行なわれた

鳥取県企画部 協働連携推進課 協働担当 秋元竜 主事。ICTも利用しつつ、コミュニティを活性化していきたいと語る

地域活性化協働プログラムはマイクロソフト側から自治体へ話を持ち込む形でスタートしている。昨年9月に話を受けた県側は、プログラムが多岐にわたることから担当部署の選定などで戸惑う経緯もあったというが、鳥取県企画部の秋元竜氏によると「自治体も覚悟をしていかなければならない時期」とし、プログラムの導入を決めた。

秋元氏はNPOと高齢者支援のプログラムを担当する。ITベンチャー支援による地場産業の強化も重要だが、ICTを活用できる人の裾野を広げていくことも地域活性では大きな意味を持つ。その施策のひとつとして、高齢のパソコン初心者層を対象としたセミナーを開催する。そこでは、マイクロソフトが提供する教材などを使い、シニアが「コミュニケーションの一環としてITを活用できる」(秋元氏)ようなスキルの習得を目的としていく。講師は、シニアネット(財団法人ニューメディア開発協会)や協力を申し出ているNPO法人が務め、講師不足を補うための人材育成研修も盛り込む。そのための教材もマイクロソフトから提供される。また、成長には教え合いもポイントになるとし、シニアがシニアに教えられるような人材育成にも取り組みたいとした。秋元氏は、支援期間後も継続開催できるように、1年間のうちにモデル例を作りたい考えだ。

2年目以降の自立には"人材育成"が重要

マイクロソフト パブリック セクター担当 大井川和彦 執行役常務

マイクロソフト関係者が何度も強調していたのが、「2年目以降もICT活用の取り組みが継続される仕組みを作ることが最低限の到達点」というもの。地域活性化協働プログラムの提供期間は1年間、この間は同社から多くのサポートが無償提供される。しかし、「企業からの無償サポートがなければ推進できない事業は健全ではない」(同社執行役常務 パブリック セクター担当大井川和彦氏)。事業としてはある意味"不健全"となる1年間のうちに、県側には継続モデルの確立や各種運営ノウハウを吸収することが求められる。いわばマイクロソフトは自治体に対して支援を提供すると同時に、"自立"を促す狙いもあるわけだ。樋口氏も調印式の席上、「1年が終わったとき、鳥取県にそれ (ICT活用事業)をドライブする人材が育っていないと、経験上尻すぼみになっていく」と話し、今回の試みが1年で終わらないよう、人材育成面での積極支援を約束した。

低迷する地域経済の打開策やコミュニティの活性策としてICTの活用が重要となることは確かだろう。徳島県上勝町の「いろどり事業」という成功例もある。24日には政府のIT戦略関連の専門調査会が、IT活用による経済成長を促す「3カ年緊急プラン」をまとめた。ITを活用する事業分野へ3年で3兆円を投資、「40~50万人の雇用」が見込めるという。今回の鳥取県の場合も、10年後の地域像を描いた「鳥取県の将来ビジョン」の中で、ICTに関連した中小企業支援や人材育成の項目を盛り込んでいる。地域活性化協働プログラムは、そうした行政の取り組みに対し、マイクロソフトがその事業の中で培った"ICTの活用"ノウハウをもって応えていくというものだ。あくまでも鍵は行政側の推進力にある。1年後、両者協働の取り組みはどのような流れを作りだしているだろうか。